琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】キャプテンサンダーボルト ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
人生に大逆転はあるのか?


小学生のとき、同じ野球チームだった二人の男。
二十代後半で再会し、一攫千金のチャンスにめぐり合った彼らは、
それぞれの人生を賭けて、世界を揺るがす危険な謎に迫っていく。


東京大空襲の夜、東北の蔵王に墜落したB29と、
公開中止になった幻の映画。そして、迫りくる冷酷非情な破壊者。
すべての謎に答えが出たとき、動き始めたものとは――


現代を代表する人気作家ふたりが、
自らの持てる着想、技術をすべて詰め込んだエンターテイメント大作。


 阿部和重×伊坂幸太郎、まさに「現代の純文学とエンターテインメント小説界を代表するふたりの奇跡のコラボレーション」という作品です。
 書店でも山積みになっていたのですが、僕は内心、「こういう作品って、イベントとしては興味深いけど、中身はなんか中途半端な感じになっちゃうんだよね」と、その山を横目で眺めているつもり、だったのです。
 でも、ネット上のレビューとかを読んでいると、軒並み高評価で、「どの部分を、どっちが書いているか、見分けるつもりで読んでみようかな」とKindleで購入。
 まあ、お祭りみたいなもの、ということで。


 ところが、読んでみると、どこをどちらが書いたのか、サッパリ分からなくて。
 

参考リンク:史上最強の完全合作! 阿部和重、伊坂幸太郎がそのすべてを語る(本の話WEB)


 このふたりへのロングインタビュー記事では、合作の「舞台裏」が明かされているのですが、「合作ということで、プロットだけ統一して、それぞれが別々に書いたものをつなげた」というものではなくて、「それぞれ担当部分は決めていたけれど、密にコミュニケーションをとりながら、ひとつの作品に仕上げていった」ことがわかります。
 

 ただ、実際に読んだ印象は、「これ、伊坂幸太郎さん単独での新作と言われたら、僕にはまったく違和感がなかっただろうな」でした。
 逆に、阿部和重さんの新作として読んだら、「なんだか伊坂幸太郎っぽい作品だな」と思ったであろう、と。


 だから悪いというわけではなく、素晴らしいエンターテインメント巨編だし、「バディもの」として、ワクワクできるような出来映えになっているのです。


 前述した『本の話WEB』のインタビューのなかに、おふたりの、こんなやりとりが収められています。

阿部和重最初にお互いのすごい近い部分があったから、最後にも生きたというか。それがあったから方向性を見失わなかったし、やり取りに関してもムダなことがひとつもなくて、内容の質の向上につながるようなやり取りだけでいけたんですよね。


伊坂幸太郎そこで「ふたりは似てるし、違う」というのも、すごくよく分かりました。さっきのプラモデルで言うと、僕は「剣を持たせてみよう」「つや消しで塗ったらかっこいいな」とかそういう方向に行くんですよ(笑)。感覚的な、思いつき重視というか。それを阿部さんに渡すと、汚しの技術とかを使って本当にリアルにしていってくれるんです。奥行きというか、現実感が出てくる。今までの僕の作品にはなかった部分です。あと、僕が改稿の時に意見を言うと、「伊坂さん、それはちょっとよくないんじゃないか」と言ってくれたんですよね。それもすごくよかったです。もしかすると、相手が別の作家さんだったら、「それ、いいね」と全面的に賛成してくれるだけかもしれない。でも、それでは意味がないじゃないですか。しかも、阿部さんは決して、嫌な言い方で否定してこないんですよ。頭ごなしに言われたら、僕もかちんと来たかもしれないですし(笑)。そこが本当にありがたくて。


 率直な印象としては、「バディものの『ゴールデンスランバー』」なんですよ。
 でも、なんというか、いままでの伊坂作品に比べると、青臭さ、みたいなものが巧みに消されていて、ちょっとザラッとした現実感がある。
 ある登場人物が出てきた際、僕はこの人が、もっと決定的な役割をするのだろうと予想していましたが、なんだか途中でフェードアウトしてしまって、「あれ?」って思ったんですよね。
 いままでの伊坂作品であれば、このキャラクターは、クライマックスで登場してくるはず。ところが……
 

 阿部和重さんがこの作品にもたらしたのは「物事がうまくいきすぎないリアリズム」みたいなものなのかな、と僕は考えています。
 それは、ある種の「重み」みたいなものをこの作品に与えているのと同時に、ちょっとしたもどかしさ、を感じるところでもあります。
 最後は、なんというか……ちょっとうまくいきすぎなんじゃない?って、思ったんですけどね。
 

 最近、日本の小説を読んでいると、あまりにも「何も起こらない話」あるいは「感動を押し売りするような実話系小説」ばかりだと感じていました。
 端的に言うと「それはリアルなのかもしれないけれど、面白くない」か、「ビッグデータをもとにつくりあげた『売れる小説』みたいなもの」か。
 それに比べると、この『キャプテンサンダーボルト』って、実に「逃げも隠れもしない、エンターテインメント小説」なんですよね。
 努力(はあんまりしてないけど)! 友情(と言っていいのか?)! 勝利(なんだよね……)!
 僕は、こういうのを、読みたかった、のかもしれない。
 人類の危機、脱出、暗号解読、時限爆弾、謎の美女……読書少年だった僕がワクワクするような仕掛けも満載。

 
 もちろん、それだけじゃなくて、「ネット社会が普通の人にもたらしているもの」について、少し考えさせられるような隠し味も含まれています。
 阿部さんや伊坂さんは僕と同世代なので、「ネット」への向き合い方、「面白いけれど、ちょっと斜に構えてリスクについて考えずにはいられないところ」には、すごく納得できるのです。
『モダンタイムス』を読んだときには、「伊坂さんは、あまりにも心配性なのではないか?」と、やや呆れていたのですが、その後、「検索しているようで、実は自分のほうが検索されているという現実」が浮き彫りになってきて、「先見の明がある人だなあ」と思い知らされましたし。


 というわけで、内容にはほとんど触れていないのですが、「拍子抜けするくらい、『合作っぽい感じ』がしない、良質のエンターテインメント小説であることは保証します。
 まあでもなんというか、最近伊坂さんがひとりで書いたものより、この合作のほうが「伊坂幸太郎らしい作品」になっているように思えるのは、僕だけでしょうか……