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早鞆 (給油艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
早鞆
停泊中の「早鞆」(1935年)[1]
停泊中の「早鞆」(1935年)[1]
基本情報
建造所 呉海軍工廠[2]
運用者  大日本帝国海軍
艦種 運送艦[3](給油艦[4])
級名 隠戸型[5]
建造費 予算 3,167,279円(1924年1月時)[6]
母港 佐世保[4]
艦歴
計画 大正10年度[2](大正12年度艦艇補充計画[注釈 1])
発注 1922年1月21日製造訓令[7]
起工 1922年3月14日[8]
進水 1922年12月4日[8]
竣工 1924年5月18日[8][9]
除籍 1947年5月3日
その後 1946年海没処分
要目(主に1925年)
基準排水量 公表値 14,050トン[8]
常備排水量 公表値 15,400トン[8][注釈 2]
満載排水量 15,420トン[4][注釈 3]
軽荷排水量 7,356トン[4]
総トン数 6,988.07総トン[4]
全長 470 ftin (143.48 m)[4]
垂線間長 455 ft 0 in (138.68 m)[4]
最大幅 58 ft 0 in (17.68 m)[4]
吃水 公表値 8.08m[8]
軽荷平均 13 ft 7 in (4.14 m)[10]
満載平均 26 ft 5+916 in (8.07 m)[11]
ボイラー 宮原式水管缶 6基[4][注釈 4]
主機 3段膨張式蒸気機関[4] 1基[8]
推進 1軸[4]
出力 5,524馬力[4][注釈 2]
速力 15.5ノット[4][注釈 2]
公表値 12ノット[8]
経済速力 7ノット[4]
燃料 石炭満載 1,596トン +庫外610トン[4]
重油 1,274トン[4][注釈 2]
航続距離 7,890カイリ / 8ノット[4]
乗員 竣工時定員 157名[12]
1928年公表値 160名[8]
搭載能力 重油 8,375トン[4]
獣肉、魚肉、野菜、氷の各冷蔵庫[4]
兵装 50口径14cm単装砲 2基[4][13][注釈 5]
40口径8cm単装高角砲 2基[13]
(竣工時に砲は装備していない[14])
搭載艇 内火艇1隻、カッター2隻、通船1隻[4]
その他 2トン・デリック4本[4]
トンは全て英トン
計画、公表値は隠戸型給油艦の要目も参照
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早鞆(はやとも)は、大日本帝国海軍特務艦で、隠戸型給油艦の2番艦。艦名は関門海峡の最も狭い「早鞆瀬戸」にちなんで名づけられた[15]

艦歴

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大正12年度艦艇補充計画により、呉海軍工廠1924年(大正13年)5月18日に竣工し、佐世保鎮守府籍となる[16]。竣工後は北アメリカ方面からの石油輸送に従事するが、就役後間もない6月11日、サンフランシスコに向かう途中で主機械が破損する事故が起き、佐世保に引き返す事態となった[17]1925年(大正14年)4月16日には、サンフランシスコ出港の際、桟橋ボラードを破損する事故を起こし、損害賠償として85ドルを支払った[18]1928年(昭和3年)2月4日にも、関門海峡帆船を避けようとして座礁する事故を起こしている[19]

1941年(昭和16年)10月31日付で第三艦隊高橋伊望中将・海軍兵学校36期)付属となり[20]、菲島(比島)部隊第四急襲隊(久保九次少将・海兵38期)に編入されて[21]パラオに進出し[20]、来るべきフィリピン攻略戦に備えた。12月8日の太平洋戦争開戦後、菲島部隊の諸艦艇に対する補給に従事。レガスピ攻略戦では護衛隊に随行し[22]、次いでラモン湾英語版に進出する[23]。12月14日に爆撃を受けて至近弾により損傷するも[20]、作戦が順調に推移したので12月28日にはレガスピを出港して佐世保に向かい[24]1942年(昭和17年)1月16日に佐世保に帰投した[20]。修理後は蘭印作戦、西部ニューギニア攻略戦に従事[20]。8月23日、アンボン沖でアメリカ潜水艦スキップジャック (USS Skipjack, SS-184) の攻撃を受けて損傷する[25]。応急修理の後、11月11日に昭南 (シンガポール)セレター軍港に入港して本格的な修理が行われる[20]。修理を終えて1943年(昭和18年)9月13日に昭南を出港後、パレンバンおよびバリクパパンマニラ間の石油輸送に従事する[20]。しかし、マニラからの帰途[20]の10月9日、北緯05度09分 東経119度18分 / 北緯5.150度 東経119.300度 / 5.150; 119.300の地点を航行中にアメリカ潜水艦キングフィッシュ (USS Kingfish, SS-234) の雷撃により損傷[26]タラカンで応急修理の後、バリクパパンを経て1944年(昭和19年)1月8日にセレター軍港に到着[20]。修理が行われるも機関等が戦闘航海に差支えがあったため[27]リンガ泊地に進出して同地に停泊中の連合艦隊の諸艦艇に対する補給活動に専念した[20]。10月23日にセレター軍港に到着後は行動する事はなかった[20]。また特務艦長長谷部喜蔵大佐(海兵40期[28])は、昭和19年1月16日にアメリカ潜水艦レッドフィン (USS Redfin, SS-272) の雷撃により大破した駆逐艦「天津風」の駆逐艦長を1945年(昭和20年)2月10日まで兼ねた[29]。中破した状態で終戦を迎え、イギリス海軍に接収された後、1946年(昭和21年)に海没処分された[30]1947年(昭和22年)5月3日に除籍。

特務艦長

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※脚注無き限り『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」に基づく。

艤装員長
特務艦長

同型艦

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脚注

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注釈

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  1. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1pp.320-323による
  2. ^ a b c d #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第四その二「昭和十三年三月調艦艇要目等一覧表 その二 潜水艦、水雷艇、特務艦、特務艇、新造艦船」では排水量13,800、馬力5,500、速力15ノット、炭油庫容積(定量) 44(改行)1,372となっている。
  3. ^ 数値が常備排水量とほとんど変わらず、転記ミスの可能性もある。
  4. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第二その三「大正十二年三月調艦艇要目等一覧表 その三 潜水艦、水雷艇、特務艦」では4基となっている。ただし昭和6年、昭和13年の要目等一覧表では6基となっている。
  5. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6では12cm砲2となっている。

出典

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  1. ^ #写真日本の軍艦第13巻p.17上写真と解説
  2. ^ a b #海軍制度沿革8(1971)p.364『大正十一年二月四日(達一八) 大正十年度軍備補充費ヲ以テ建造ニ著手スヘキ特務艦二隻二隻ニ左ノ通命名ス 横須賀工廠ニ於テ建造 特務艦 鳴戸 ( ナルト ) 呉工廠ニ於テ建造 特務艦 早鞆 ( ハヤトモ )
  3. ^ #海軍制度沿革8(1971)p.104『大正十一年八月二十四日(達一五五) 特務艦類別等級別表中運送艦ノ欄「神威」ノ次ニ「、鳴戸」「、早鞆」ヲ加フ』
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v #T14公文備考巻42/特務艦要目pp.5-18
  5. ^ #海軍制度沿革8(1971)p.105、大正15年11月29日(内令239)、特務艦類別等級別表ノ通定ム(別表省略)。
  6. ^ #T13公文備考21/特務艦早鞆製造一件画像13-15、大正13年1月29日附官房機密99号の別紙予算書の改定額
  7. ^ #T13公文備考21/特務艦早鞆製造一件画像2-3『官房機密第八八號 大正十一年一月二十一日 大臣 横須賀鎮守府長官宛(呉鎮守府長官宛) 給油船一隻建造ノ件 其府工廠ヲシテ別紙図面、要領書及予算書ニ依リ給油船一隻建造セシムヘシ 右訓令ス (別紙図面一葉要領書一通予算書一葉添) (了)』
  8. ^ a b c d e f g h i #海軍制度沿革11-2(1972)pp.1057-1087、昭和3年2月14日附内令第43号、艦船要目公表範囲。うちpp.1084-1085。
  9. ^ #T13公文備考21/特務艦早鞆製造一件画像20『大正十三年五月十八日午前十時十五分 呉??局發 午後〇時二分海軍省局着 發信者 呉工廠長 受信者艦政本部長 電(空白)番電報訳文 早鞆本日竣工引渡ヲ了ス (五月十八日) (了)』
  10. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6、前部10'-0"1/2、後部17'-1"1/2
  11. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6、前部25'-10"、後部27'-1"1/8
  12. ^ #海軍制度沿革巻10-1(1972)pp.658-659『大正十一年三月十四日(内令七七) 海軍定員令中左ノ通改正セラル 運送艦定員表其四ヲ附表ノ通改ム(附表略)』士官11人、特務士官2人、准士官3人、下士官26人、兵115人。同書p.665大正11年12月4日(内令441)運送艦定員表其四に「、早鞆」を追加、大正12年1月30日(内令18)「、鳴戸」を追加。同書p.666、大正12年3月12日(内令621)「、隠戸」を追加。
  13. ^ a b #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第二その三「大正十二年三月調艦艇要目等一覧表 その三 潜水艦、水雷艇、特務艦」
  14. ^ 作成:阿部安雄「日本海軍補助艦艇要目表」#日本補助艦艇物語pp.388-391、補助艦艇要目表 VIII特務艦
  15. ^ 片桐, 599ページ
  16. ^ 『特務艦要目表』pp.6
  17. ^ 『特務艦早鞆主機械柱缺損事件査問終結ノ件』pp.7,8,9
  18. ^ 『早鞆桑港桟橋毀損々害補償』pp.2
  19. ^ 『早鞆坐洲附査問』pp.2
  20. ^ a b c d e f g h i j k 『日本の軍艦13』44ページ
  21. ^ 『戦史叢書24』156、218ページ
  22. ^ 『戦史叢書24』231ページ
  23. ^ 『戦史叢書24』254ページ
  24. ^ 『戦史叢書24』277ページ
  25. ^ 「SS-184, USS SKIPJACK」p.124、The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II
  26. ^ 「SS-234, USS KINGFISH, Part 1」p.134,148,151,152,153,154、The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II
  27. ^ 『特務艦早鞆戦時日誌』pp.11,14
  28. ^ 森田, 70ページ
  29. ^ 『特務艦早鞆戦時日誌』pp.10
  30. ^ 『日本海軍特務艦船史』20ページ
  31. ^ 『官報』号外第15号、大正12年9月14日。
  32. ^ a b 『官報』第3481号、大正13年4月4日。
  33. ^ a b 『官報』第3684号、大正13年12月2日。
  34. ^ 『官報』第3825号、大正14年5月26日。
  35. ^ 『官報』第4080号、大正15年4月2日。
  36. ^ a b 『官報』第4121号、大正15年5月21日。
  37. ^ a b 『官報』第4258号、大正15年11月2日。
  38. ^ a b 『官報』第99号、昭和2年5月2日。
  39. ^ 『官報』第255号、昭和2年11月2日。
  40. ^ 『官報』第699号、昭和4年5月2日。
  41. ^ 『官報』第866号、昭和4年11月16日。
  42. ^ 『官報』第1161号、昭和5年11月11日。
  43. ^ a b 『官報』第1278号、昭和6年4月7日。
  44. ^ 『官報』第1390号、昭和6年8月17日。
  45. ^ 『官報』第1478号、昭和6年12月2日。
  46. ^ 『官報』第1519号、昭和7年1月26日。
  47. ^ 『官報』第1778号、昭和7年12月2日。
  48. ^ a b 『官報』第2064号、昭和8年11月16日。
  49. ^ 『官報』第2297号、昭和9年8月27日。
  50. ^ 『官報』第2631号、昭和10年10月8日。
  51. ^ 『官報』第2932号、昭和11年10月8日。
  52. ^ 昭和12年11月20日付 海軍辞令公報 号外 第94号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072072600 
  53. ^ 海軍辞令公報(部内限)第383号 昭和14年9月28日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072076300 
  54. ^ 海軍辞令公報(部内限)第402号 昭和14年11月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072076700 
  55. ^ 海軍辞令公報(部内限)第543号 昭和15年10月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072079000 

参考文献

[編集]
  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『大正13年 公文備考 巻21 艦船/特務艦早鞆製造一件』。Ref.C08051091800。 
    • 軍務局第二課『大正14年 公文備考 巻42 艦船止/特務艦要目』。Ref.C08051419000。 (特務艦要目表)
    • 『特務艦早鞆主機械柱缺損事件査問終結ノ件』(特務艦早鞆主機械破損事件(1)) アジア歴史資料センター レファレンスコ��ド:C08051134400
    • 『早鞆桑港桟橋毀損々害補償』(早鞆桑港桟橋毀損々害補償) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04015409500
    • 早鞆特務艦長『早鞆坐洲附査問』(早鞆墅洲附査問の件(1)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04016223400
    • 特務艦早鞆『自昭和二十年二月一日至昭和二十年二月二十八日 特務艦早鞆戦時日誌』(昭和20年2月1日〜昭和20年4月30日 特務艦早鞆戦時日誌 特務艦白崎) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030635100
  • SS-184, USS SKIPJACK(issuuベータ版)
  • SS-234, USS KINGFISH, Part 1(issuuベータ版)
  • 海軍省 編『海軍制度沿革 巻八』 明治百年史叢書 第180巻、原書房、1971年10月(原著1941年)。 
  • 海軍省 編『海軍制度沿革 巻十の1』 明治百年史叢書 第182巻、原書房、1972年4月(原著1940年)。 
  • 海軍省 編『海軍制度沿革 巻十一の2』 明治百年史叢書 第185巻、原書房、1972年5月(原著1941年)。 
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝 全八六〇余隻の栄光と悲劇』光人社、1993年、ISBN 4-7698-0386-9
  • 世界の艦船 増刊第47集 日本海軍特務艦船史』海人社、1997年3月号増刊
  • 福井静夫『日本補助艦艇物語』 福井静夫著作集第10巻、光人社、1993年12月。ISBN 4-7698-0658-2 
  • 防衛研究所戦史室編『戦史叢書24 比島・マレー方面海軍進攻作戦』朝雲新聞社、1969年
  • 防衛庁防衛研修所戦史室『海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』 戦史叢書第31巻、朝雲新聞社、1969年。 
  • 雑誌「丸」編集部 編『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年8月。ISBN 4-7698-0463-6 
  • 森田友幸『25歳の艦長海戦記 駆逐艦「天津風」かく戦えり』光人社NF文庫、2004年、ISBN 4-7698-2438-6

関連項目

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