元ヤフー社長・宮坂副都知事「だんだん人材採用がしづらくなってきた」語る危機感

一般財団法人「GovTech東京」の理事長を務める東京都副知事で元ヤフー社長の宮坂氏。

一般財団法人「GovTech東京」の理事長を務める東京都副知事で元ヤフー社長の宮坂氏。

撮影:横山耕太郎

「民間のデジタル人材は、正直だんだん採用しづらくなっています。その危機感があります」

東京都や都内の62区市町村のデジタル化を推進するため、2023年9月に事業スタートする一般財団法人「GovTech東京」が、民間のデジタル人材の採用を活発化させている。

GovTech東京では現在、DX人材や採用責任者など10職種で約20人の採用を目指している。

GovTech東京のトップである理事長に就任したのは、元ヤフー社長で現東京都副知事の宮坂学氏だ。

宮坂氏は2012年〜2018年にヤフー社長を務め、2019年9月に小池百合子都知事のもとで副知事に就任した。宮坂氏に、民間人材獲得の現状や、任期4年の成果と課題についてインタビューした。(聞き手・横山耕太郎)

※GovTech東京の人材募集については、エン・ジャパン「ソーシャルインパクト採用プロジェクト」やGovTech東京のウェブサイトから確認できる。

民間の当たり前を、行政の当たり前に

Gov Tech東京は、都庁の目の前のビル「新宿NSビル」に入居する。

GovTech東京は、都庁の目の前のビル「新宿NSビル」に入居する。

撮影:横山耕太郎

── 副知事就任後、都庁の内部に「デジタルサービス局」を設置し、同局にはこれまで30人が民間から入局するなど民間デジタル人材の採用を進めてきました。

今回の「GovTech東京」は都が運営資金を負担するものの、一般財団法人として都庁の外に設置した理由は?

東京都の中の組織であれば、地方公務員法のルールの中でやるしかないですが、正直、このルールがエンジニアにとってはあまり向いていません

例えば、年に1回しかない評価の仕組みや、ほとんど変えられない給与、副業では働きづらかったり、外国人が採用できなかったり、要するに「民間企業だったら当たり前」のことがなかなかできない。

そのルールを変えるのはすごく大変なので、外に出した方が早いのかなと。

また世界の成功事例を真似するのは鉄則ですが、国連の「電子政府調査2022」で1位になった デンマークや、3位の韓国も行政のデジタル化を進める機関を外部に持っています。

情報系の技術者採用は民間でも苦労していますが、行政は民間に追いつく側。民間の当たり前をできるだけ当たり前にしていかないといけないと思います。

── 外郭団体となったことで、給与水準は変わったのでしょうか?

これまで都のデジタルサービス局で出していた水準よりは、レンジを上げています。

ただ民間の相場からは逸脱できないので、民間の技術者の平均調査に基づいて、これくらいであれば採用できるんじゃないかという数を出しています。

ただ、もちろん給与は大事だとは思うんですけど、待遇だけで仕事を決める人は、たぶん行政の仕事は向いていないかなと思っています。

給料面はもちろん頑張るつもりなんですが、ストックオプションはありません。待遇よりも、体験や経験を積みたい人材に期待しています。

「人材が移動し尽くしてしまった……」

デジタル庁も民間人材を多く雇用している。

デジタル庁も民間人材を多く雇用している。

撮影:今村拓馬

── 現在募集している職種は、週5日のフルタイム求人がほとんどです。今後、副業人材を増やしていく考えはありますか?

副業とフルタイムの職員の比率が大事だと思っています。まだどのバランスが最適解なのかよくわかりませんが、今後、そのバランスを探っていきたい思っています。

将来的にはテレワークも増やしたいと思っていますが、最初の段階ではどうしても対面じゃないとできないことが多いと思っています。

やっぱりカルチャーやチームの一体感を作るのに、僕はオフィスに集まることが大事だと思っています。古風かもしれませんが、僕も今はフルタイムで出勤しています。

── デジタルサービス局でも民間人材を採用してきました。民間からの採用は予定通り進んでいますか?

正直だんだん取りづらくなっていて、その危機感はかなりあります。

僕の仮説ですが、公共分野に興味を持つ人材が移動し尽くしてしまった面があると感じています。

もともと、そんなに大きなパイではないなかで、デジタル庁も採用を続けていますし、東京都、その他の自治体でも採用している状況なので。

── 公共分野に興味のあるエンジニアを増やすためには、何が必要でしょうか?

行政のデジタルサービスは、都庁やGovTech東京だけで担えるわけではなくて、システムなどの作り手は都庁の外にいます。

大手のSIer(システム導入などを請け負う企業)も含めて、僕はガブテック業界って呼んでいますが、この業界をもっと魅力的にしないといけないと思っています。

業界育成と言うとおこがましいですが、業界の育成をセットでやらないといけない。いくら公務員のデジタル人材ばかり増えても、例えば20年後にガブテック業界の技術者やデザイナーが今よりもずっと減っていたら、絶対にうまくいかない。

残念ながら公共のデジタルの仕事は今、どちらかと言うと叩かれてしまうとか、価格競争に巻き込まれて大変とか、技術的にレガシーで成長できないとか、そういったイメージがあるような気がします。

でも、ガブテック業界はキャリアになるし、面白いし、収入も稼げるという方向に変えていかない限り、長い目でみたら詰(つ)んでしまうと思っています。

官民連携はすごく大切です。官民が一緒になって話し合える業界に変えていけるかどうかは、この国の未来に直結する問題だと思っています。

スタートアップから「調達増やしたい」

宮坂氏

宮坂氏は「ガブテック業界を盛り上げる必要がある」と強調する。

撮影:横山耕太郎

── ガブテック業界を育てるため、具体的に考えていることはありますか?

これまでも取引先を多様化して、スタートアップからの調達も増やして来ましたが、もっと増やしたいと思っています。

例えば、教育や医療、インフラ点検のドローンなど、行政と重なる分野のあるスタートアップも多い。

一部でもいいから、スタートアップに仕事が回ることで、関わる人材も増える。例えばEdTech(テクノロジーを使った教育支援)のスタートアップが10倍になったら、我々にとってもいいことですよね。

行政は発注を通じてできることがあるし、大きなベンダーなど大企業とももっとコミュニケーションすることで、行政の仕事に関わる業界を盛り上げたい。

── 都から離れた組織になったことで、スタートアップへの発注がしやすくなる面もあるのでしょうか?

税金で発注するわけですから、不透明なやり方では絶対ダメです。

信頼あってのGovTech東京だと思いますので、厳格なプロセスで当面やろうと思っています。具体的にはGovTech東京の方で基礎の案は書き、承認は東京都のデジタルサービス局に持っていこうと思っています。

都の仕事は「日本最大のDX」

── デジタル庁も民間人材を積極的に受け入れています。GovTech東京で働くのと、デジタル庁で働くのではどこが違うと思いますか?

自分の理解だと、デジタル庁は企業における「経営企画」みたいな役割。国全体の方針、 経営企画的なところ、プランニングや、大きな構想を作るのが得意な人が向いているかもしれません。

一方で我々は、営業部隊という「現場」を持っているイメージです。都立学校を良くしたいとか、現場があるのが面白さだと思っています。

GovTech東京の仕事は、日本最大のDXだと思うんですよ。

例えば都立の学校の生徒数や、都立病院の病床数も大きいですし、都道が2400キロメートルあって、23区だけでも下水道が1万6000キロメートルもある。

地方自治体の良さは、やっぱり現場があることに尽きる。その現場の中で自分の技術を生かしたい人にぜひ来てほしいと思っています。

「民間企業に少し飽きちゃった」

小池都知事の写真

小池都知事のもと、副知事の職務を担ってきた宮坂氏。今後は…?

撮影:横山耕太郎

── 都副知事の任期は2023年9月までです。任期後は都政や行政とどう関わっていきますか?

副知事の任期については自分ではなんとも言えません。ただGovTech東京の理事長はやり続けます。クビにならない限りですけど。

── GovTech東京の理事長に就かれましたが、副知事としての4年間で、民間よりも行政の課題にコミットしたいと考えるようになったのでしょうか?

民間企業に少し飽きちゃったというのがあるかもしれません。身も蓋もない言い方ですが、民間企業で30年働きましたからね。

行政と民間は極端に違っていて、外国に来たような気がします。新しく知ることも多くて飽きないですし、行政をもっと変えていきたいという思いもあります。

── また民間に戻る考えは、今のところはないのでしょうか?

ないんじゃないですかね。

「やっと質に挑戦するところまで来た」

宮坂氏の写真

GovTech東京の新オフィス。急ピッチでオフィス作りが進んでいる。

撮影:横山耕太郎

── これまでの4年の成果についてどう感じていますか?

就任した当時のプレゼンで「任期中に1個だけやれるとしたら、組織を作ること」と発表しました。組織がないままだと、僕みたいにデジタル好きな人がいなくなった瞬間になくなってしまうので。

デジタルシフト課長や副業で働ける制度ができて、2年前にデジタルサービス局ができて、今度はGovTech東京ができました。これは成果だと言えると思っています。

別の成果としては、都営施設全78のキャッシュレス化も進めました。77施設ではだめで、全ての施設がキャッシュレスだということが大事だと思ってこだわりました。

都庁内ではデジタルへの意識が前進した一方で、まだ都民の方から「すごく使いやすいな」と言われることはないんですよね。逆は多いんですけど。今やっとサービスの質に挑戦するところまで来たと思っています。

自治体のデファクトスタンダードを作りたい

今後は都内の自治体における「デファクトスタンダード(業界の標準として認められるようになった規格)」を作っていきたいと思っています。

都内には62区市町村があって、当然IT系の機器やサービスをいっぱい買っていますが、各区市町村が自分で選んで自分で買っています。

もしみんなで同じものを調達できたら、値段を下げられるかもしれないし、教育や研修も共同化でき、ノウハウも横に共有できる。ここをGovTech東京が仕切れればと思っています。

GovTech東京がスタートアップとも連携しながら、行政が使う“道具”のデファクトスタンダードを作ることができれば、区市町村にも参加してもらえると思います。もちろん強制はできませんが。

GovTech東京は東京都のものだけじゃありません。都内の自治体はもちろん、他の道府県とも県境を越えて、ノウハウを共有していければと思っています。

編集部より:初出時、「企業」とすべきところを一部で「起業」としていました。2023年8月17日12:07。また「GovTech東京」の表記が一部誤っていました。訂正いたします。2023年8月17日18:55

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