コクラン (組織)
標語 | Trusted evidence. Informed decisions. Better health. |
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設立 | 1993年 (コクラン共同計画として) |
目的 | ヘルスケアに関するデータの独立した研究 |
本部 | イギリス ロンドン[1] |
会長 | Tracey Howe and Catherine Marshall[2] |
ボランティア数 | 3,700人 (2015年) [3] |
ウェブサイト |
www |
かつての呼び名 | コクラン共同計画 |
コクラン(英語: Cochrane、以前はコクラン共同計画として知られていた)とは、治療と予防に関する医療情報を定期的に吟味し、人々に伝えるために、世界展開している組織である[4]。 1993年に、イギリスの国民保健サービス(NHS)による根拠に基づく医療(EBM)政策と実践、またその定量的な評価の一環として活動を開始した[4]。
ランダム化比較試験(RCT)を中心に臨床試験をくまなく収集し、評価し、分析した系統的レビュー「コクランレビュー」は、抄録や一般語訳(医学の専門用語を避けて書かれた平易な要約)が付けられ、医療関係者や医療政策決定者、さらには専門知識をもたない一般市民がエビデンス(科学的根拠)の内容を理解するのを助けている[5][6]とされる。
現在にいたるまで、世界50か国と地域に支部をもち、130か国以上の科学者が参加し、8000以上のメタアナリシス(メタ分析)が行われコクランレビューが作成されている[7][8]。国際的なNPO(非営利団体)の形態をとり、企業からの資金提供やその他の利害関係のない、信頼性の高い情報を生み出すことを大切にする[9][10][5]ことを目標にしている。
コクランレビューの一部は日本語訳が提供され、内容を短くまとめた抄録部分がホームページで無料で公開されている。この翻訳事業は、日本コクランセンターによって進められている。コクランの日本支部は、2014年に設立された[11]。
設立
[編集]コクランは、 イアイン・チャーマーズのリーダーシップの下で1993年に設立された。チャーマーズが周産期分野の臨床試験を集めて作成したデータベースは、その後の全医療分野の臨床試験データベースとなった[12]。現在、このデータベースはCENTRALと呼ばれ一般に公開されている[5]。
コクランの名称は、メタアナリシスの積極的な活用を主張した研究者アーチボルド・コクラン氏に由来する[7]。コクランは、根拠に基づく医療 (EBM) の3人の父のうち1人と言われ[13]、3つのことを提唱している。第1は、イギリスの国民保健サービス(NHS)は、「有効な治療のみ無料とすること」。それにより、限られた医療資源はより効率的に使われる。第2は、有効を立証するためイギリスではじめて行われた「ランダム化比較試験を重視すること」。第3は、「そうしたデータを定期的批判的に吟味し、調査を必要とする人に遅れなく届けること」[13][14]であった。
システマティック・レビュー
[編集]コクランにより、システマティック・レビュー (系統的レビュー)と呼ばれる手法が確立された。システマティック・レビューとは、ある課題に関して行われた研究を数多くある文献データベースなどを基に網羅的に検索し、その文献の情報の質(研究の質)を系統的に評価し、一定の情報の質をもつものだけ残しそれぞれの研究結果を可能な範囲で統計学的に統合したものである[5]。
1993年7月にイギリスのコクランセンターが『イギリス医師会雑誌』(BMJ)と共同で会議を開き、1994年に論文となったものが、『システマティック・レビュー』(Systematic Reviews) として出版されている[15]。システマティック・レビューとメタアナリシスに関する章で構成されており、システマティック・レビューに関しては、バイアス(偏り)とエラーを最小にする方法が議論されている[16]。
コクラン・ライブラリー
[編集]コクラン・ライブラリー(Cochrane Library)は、コクランによって編纂された文書集である。以前はCD-ROMで年4回販売されていたが、現在は公式ウェブサイトのオンライン購読が主流である[17]。日本では、多くの大学や病院が法人契約を結んでいる。それぞれのレビュー記事の抄録 (abstract) については、コクランのウェブサイトやPubMedを通じ、広く一般に無料で開放されており、原文も公表後1年経ったものは、無料で⾒られるようになっている[18]。
コクラン・ライブラリーは、根拠に基づく医療(EBM:evidence-based medicine)の手法について検証したコクランレビュー( The Cochrane Database of Methodology Reviews)、適切にデザインされた臨床試験についてのリファレンスを集積したCENTRAL (The Cochrane Central Register of Controlled Trials )など、いくつかの文書データベースの集積である。その中でも、コクランレビュー と呼ばれるデータベースは、EBMの考え方に基づき、過去の多くの臨床試験の論文から、エビデンスレベルの高いものを集めて吟味するシステマティック・レビューの手法を使い、その時点での最良の治療法のエビデンスを提示する記事の集合として、コクラン・ライブラリの中核を成している。
コクランレビュー における典型的なEBM記事の評価においては、まず、対象となっている具体的な疑問を挙げたあと、該当分野の"Working Group"から、独立して通常複数のレビュアーが任命される。レビュアーはそれぞれ独立に、コクラン・ライブラリー自身の The Cochrane Central Register of Controlled Trials や Medline から、適切にランダム化された試験を検索・抽出し、その試験の妥当性や有効性を評価し、統計的な手法を用いることで、疑問について回答を導き出す。
EBMの考えに厳格に基づこうとする文献データベースとして、2018年現在、コクラン・ライブラリーは世界最大規模のものであり、多くの医療従事者が信頼を置いている[7]。
インパクトファクター
[編集]コクランデータベースのインパクトファクターは、以下の通り[19]。
- 2021年
- 12.008
- 2020年
- 9.266
- 2019年
- 7.890
- 2015年
- 6.103
- 2014年
- 6.035
- 2013年
- 5.939
- 2012年
- 5.785
批判と論争
[編集]コクラン25年目の半数の理事の辞任
[編集]2018年の年次総会で、コクラン委員会は、コクランの北欧センターの理事兼所長であるピーター・ゲッチェを組織から追放した。ピーター・ゲッチェは、製薬産業は組織犯罪だとして無益な医療を告発してきており、別のコクランの著者による2018年5月のヒトパピローマウイルスワクチンのレビューへの論文について、7月に議論を起こしていた[20]。その『イギリス医師会雑誌』(British Medical Journal; BMJ)に掲載された論説「コクラン HPVワクチンのレビューは不完全かつバイアスについての重要な証拠を無視している」では、ピーターらの1月の調査で既に46件のランダム化比較試験が完了しているのに、26件の試験を使ったとし、その他の副作用についての情報をいくつかの点で見落としていると指摘していた[21]。9月14日[22]、ピーターの追放について12人の理事の6人が賛成、5人が反対し、追放の決定後に4人の理事がこのような追放はコクランの精神に反すると抗議して辞任を表明した[20]。続いて、選出されたメンバーとのバランスを維持するために、2人の任命されたメンバーに辞任を求め、コクランは理事の半分を失うことにつながった[23]。ゲッチェは倫理統制の危機だという声明を発し、『サイエンス』の取材に対して、コクランへの出資者が圧力をかけたのではないかと漏らした。2012年にマーク・ウィルソンがコクランのCEOとなってから、商業に対して融和的になってきており、追放はこうした動きの一部だと述べている[20]。
利益相反ポリシー
[編集]コクランの利益相反(COI)の防止を目的としたポリシーでは、「特定のレビューの結果に既得権を持つ商業組織により、資金提供やレビューが実施される」ことはできないと規定されている。 ポリシーは2003年に作成され、2006年、2014年、2020年と定期的に改定されている。2020年の改定では、商業組織からの資金提供について、より厳しいルールが適用された[9]。
声明
[編集]2004年の抗うつ薬パキシルにおける、否定的な試験結果のグラクソ・スミスクラインによる隠蔽は、出版バイアスの議論から、アメリカ合衆国連邦政府の法改正や、世界保健機関(WHO)による試験の登録制度の構築など、試験の事前登録制度の構築へと繋がっていった[24]。2011年10月5日に、コクランも、試験の登録とデータの透明性を求める声明を行った[25]。声明の内容は、選択的な出版によるデータの隠蔽が有効性や有害性の誤った認識をもたらし、危険な臨床的な実践に繋がり、そしてデータの公開は多大な利益をもたらすために、データが公開されること、およびそのための司法制度の導入を求めるものである[25]。
出版バイアスを減らすための試験登録は1986年にサイムズが言及し、1997年にはアメリカ食品医薬品局(FDA)近代化法の下、登録制度(ClinicalTrials.gov)ができたが、利用されないことも多く、2004年のパキシルの不祥事をきっかけに議論が進んだ[26]。すぐに、試験の事前登録がない試験に関する論文を掲載しないという医学雑誌編集者国際委員会の声明がなされ、オタワにて国際的な登録制度の構築するための会議が行われた[27]。2005年8月世界保健機関による国際的な臨床試験の登録制度であるICTRP(International Clinical Trials Registry Platform)の設立や、2007年FDA改正法(FDAAA)における登録の義務付け、同様に最初の被験者を募集する前に登録をするという2008年の世界医師会によるヘルシンキ宣言改訂につながった[26]。
日本支部
[編集]2014年にコクランの日本支部が設立された。コクランジャパンでは、コクランレビュー作成のサポートやトレーニングを行い[28]、日本の医療や政策の科学的根拠に基づいた意思決定を促進している[11][29]。2014年は、『ネイチャー』におけるSTAP細胞の論文不正や、『ランセット』におけるディオバン事件といった、一流論文誌における科学における不正行為への疑惑解明が相次いだ[11]。
コクランレビューの日本語翻訳は、日本医療機能評価機構のMINDSが長く行ってきたが[30]、2016年4月よりコクランジャパンが翻訳事業を引き継いだ[31]。コクランレビューの要約をボランティアが日本語に翻訳している[32]。
パートナーシップ
[編集]世界保健機関(WHO)
[編集]2011年に、コクランは世界保健機関(WHO)と公式に提携関係を結んだ[33]。コクランは世界保健総会などのWHOの会議に投票権のない代表者を任命し、WHOの保健に関する決議に発言し説明文を加える権利を与えられている[34]。
英語版ウィキペディア
[編集]ウィキペディアでは、医学関連記事の閲覧回数が毎月1億8千万回を超える一方、正式な査読の過程を経たソースを元とした記事は1パーセント未満である[34]。インターネットで利用できる健康に関するエビデンス(科学的根拠)の質や内容を根本から変えるべく、2014年にコクランとウィキペディア財団は正式なパートナーシップを結んだ。コクランは、 英語版ウィキペディアの医療情報にエビデンスを含めることや、可能な限り正確なものになるようリソースを提供している[35][36]。
���連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ “The Cochrane Collaboration” (英語). Charity Commission. 9 December 2017閲覧。
- ^ “Governance and management” (英語). Cochrane. 2 October 2020閲覧。
- ^ “About us | Cochrane”. www.cochrane.org. 14 September 2015閲覧。
- ^ a b 津谷喜一郎、正木朋也 2006.
- ^ a b c d 森臨太郎「コクラン:医療と研究における意思決定と患者一般参画」『情報管理』第60巻第12号、国立研究開発法人 科学技術振興機構、2018年、855-864頁、doi:10.1241/johokanri.60.855、ISSN 0021-7298、NAID 130006407027、2021年9月20日閲覧。
- ^ “コクランレビューの利用普及に向けた取り組み” (PDF). 医学情報サービス研究大会. 2021年7月28日閲覧。
- ^ a b c 佐々木敏『データ栄養学のすすめ』女子栄養大学出版部、2018年、317頁。ISBN 978-4-7895-5449-7。
- ^ “コクランを「エビデンスのワンストップソリューションに」-渡辺範雄・コクランジャパン代表/ 京都⼤⼤学院准教授” (PDF). 医療維新 (2019年10月17日). 2021年7月28日閲覧。
- ^ a b “CoI Policy for Cochrane Library Content (2020)”. Cochrane Collaboration. 2021年7月29日閲覧。
- ^ “日本初のコクラン共同計画日本支部 が国立成育医療研究センターに設置”. 国立成育医療研究センター. 2021年7月27日閲覧。
- ^ a b c “コクラン日本支部が始動‐根拠に基づく医療推進へ”. 薬事日報. (2014年6月2日) 2014年6月4日閲覧。
- ^ イアイン・チャーマーズ、ダグラス・G.アルトマン 2000, pp. ix.
- ^ a b 津谷喜一郎 2000, pp. 316–317.
- ^ “コクラン共同計画とシステマティック・レビュー -EBMにおける位置付け” (PDF). 国立保健医療科学院 (2000年9月21日). 2021年7月27日閲覧。
- ^ イアイン・チャーマーズ、ダグラス・G.アルトマン 2000, p. vi.
- ^ イアイン・チャーマーズ、ダグラス・G.アルトマン 2000, pp. vi–vii.
- ^ 津谷喜一郎、正木朋也 2006, p. 7.
- ^ “現時点で最も正しい医療情報が分かる仕組み” (PDF). 医療維新 (2019年10月17日). 2021年7月28日閲覧。
- ^ “システマティックレビューのコクランデータベース”. Cochrane. 2022年7月1日閲覧。
- ^ a b c Enserink, Martin (2018). “Evidence-based medicine group in turmoil after expulsion of co-founder”. Science. doi:10.1126/science.aav4490.
- ^ Jørgensen L, Gøtzsche PC, Jefferson T (July 2018). “The Cochrane HPV vaccine review was incomplete and ignored important evidence of bias”. BMJ Evid Based Med. doi:10.1136/bmjebm-2018-111012. PMID 30054374 .
- ^ Vesper, Inga (2018). “Mass resignation guts board of prestigious Cochrane Collaboration”. Nature. doi:10.1038/d41586-018-06727-0 .
- ^ Trish Greenhalgh (2018年9月17日). “Trish Greenhalgh: The Cochrane Collaboration—what crisis?”. 2018年9月20日閲覧。
- ^ Bian, Zhao-Xiang; Wu, Tai-Xiang (2010). “Legislation for trial registration and data transparency”. Trials 11 (1): 64. doi:10.1186/1745-6215-11-64. PMC 2882906. PMID 20504337 .
- ^ a b Peter C Gøtzsche (October 04, 2011). “We need access to all data from all clinical trials”. The Cochrane Collaboration 2013年1月30日閲覧。
- ^ a b Bian & Wu 2010.
- ^ 津谷喜一郎、正木朋也 2006, p. 10.
- ^ “介入研究に関するコクランレビューの作業 標準書 (MECIR)” (PDF). コクランジャパン (2021年4月1日). 2021年7月29日閲覧。
- ^ “コクランジャパンについて”. コクラン共同計画. 2021年7月28日閲覧。
- ^ 津谷喜一郎、正木朋也 2006, p. 8.
- ^ “日本語訳について”. コクラン共同計画. 2021年7月28日閲覧。
- ^ “日本語で読めるコクランエビデンス”. コクラン. 2021年9月25日閲覧。
- ^ “Non-State actors in official relations with WHO”. World Health Organization. 26 July 2017閲覧。
- ^ a b “私たちの資金提供者とパートナー”. コクラン共同計画. 2021年7月27日閲覧。
- ^ “The Cochrane-Wikipedia Partnership in 2020”. Cochrane. 2019年2月24日閲覧。
- ^ Mathew, Manu; Joseph, Anna; Heilman, James; Tharyan, Prathap (2013). “Cochrane and Wikipedia: the collaborative potential for a quantum leap in the dissemination and uptake of trusted evidence[editorial]”. Cochrane Database of Systematic Reviews 10 (10): ED000069. doi:10.1002/14651858.ED000069. PMID 24475488.
参考文献
[編集]- A.L.Cochrane 著、森亨 訳『効果と効率―保健と医療の疫学』サイエンティスト社、1999年。ISBN 978-4914903619。、Effectiveness and Efficiency, 1972
- イアイン・チャーマーズ、ダグラス・G.アルトマン 著、津谷喜��郎、浜六郎、別府宏圀監 訳『システマティック・レビュー―エビデンスをまとめてつたえる』サイエンティスト社、2000年。ISBN 978-4914903626。、Systematic Reviews, 1995, BMJ
- 津谷喜一郎「コクラン共同計画とシステマティック・レビュー EBMにおける位置付け」(pdf)『公衆衛生研究』第49巻第4号、2000年12月、313-319頁、NAID 40004928021。
- 津谷喜一郎「EBMにおけるエビデンスの吟味」『Therapeutic Research』第24巻第8号、2003年、1415-22頁、NAID 50000285052。
- 津谷喜一郎、正木朋也「エビデンスに基づく医療(EBM)の系譜と方向性 保健医療評価に果たすコクラン共同計画の役割と未来」(pdf)『日本評価研究』第6巻第1号、2006年3月、3-20頁、NAID 40007259318。
外部リンク
[編集]- Cochrane
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