ハイクで書いていたヘナチョコSF独り言小説を全面的に改訂してまとめてみました。構想ゼロ・知性ナシです。
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○「ただいま」。人間ならきっとこういうふうに言うんだろうな。それにしても随分と待たせちゃったな。僕を育ててくれた人たち元気かな?いくつもの街を越えた虹色の蒸気パレード。花火の下で大きなビア樽が何個も転がっていたパーティー。懐かしいなあ。まだちょっと時間が掛かりそうだ。でも一人ぼっちにも飽きちゃった。ちょっと手を伸ばして覗いてみよう。
■正午過ぎに俺がニトリで買ったベッドの上で目を覚ますと腹のうえにちょこっと乗った小さな黒ひげ人形が俺に「殺せ殺せ殺せ」と叫んでいた。俺は持ちうるかぎりの慈悲をもってそいつの首を右手、胴体を左手で持ち、俺が愛してやまない「ビッグマウス」を開栓する要領でそいつを捻じ切り、セブンイレブンの袋で作ったゴミ箱にぶちこむ。それから俺は携帯をいじって、俺の相手をしてくれそうな一夜限りのクソビッチをアドレス帳のなかで探したけれどそんな存在がいない現実を思い知らされる。俺がケータイを部屋の隅に放り投げようとすると、何者かが監視しているかのように俺の掌の中でじりじりとデフォルトの着信音が鳴った。
□退屈になると私はいつも電話をかける。お昼休みに校舎から抜け出して屋根のある駐輪場で誰かさんのサドルを失敬して適当な番号を入れて、かける。非通知。これが私の退屈しのぎ。だって毎日同じことの繰り返し。面白くないんだもん。まあ、今までに電話が鳴ったことなんて一度もなくて、「現在つかわれておりません」「番号の先頭に186を付けて」なんてメッセージが流れるのがいつものパターン。ぷうぷぷ。あ、鳴った。男の声がする。なにかの運命かもしれない。予め決めておいた台詞を私は読み上げる。「あの…六本木ヒルズぶっ壊しにいきませんか?」
■ヒルズを壊す?何いってやがるんだこの女。俺は携帯の電源を落としてリーバイスのケツから「わかば」を一本取り出し口に咥え火をつける。いつもどおりの不味さが俺の口から入り鼻���らふもうと吹き出る。なんで俺が知らない女とヒルズまで行かなきゃいけないんだ?福井から六本木までどれだけの金と時間と労力が必要だと思っているんだ?仮に鎌倉にヒルズがあったとしても、だ。俺がヒルズを壊す理由や必然がない。ファック。イカれポンチ女。また床の下から黒ひげ人形が出てきて「殺せ殺せ殺せ」と騒ぎ始めた。俺はそいつを足でぐにっと踏み潰してミンチにしてからテレビをつける。ニュース速報の文字が画面の上辺を流れる。「六本木ヒルズが炎上中。死傷者多数」偶然か?携帯の電源を入れ俺はあの女を待つことにした。
□コーンコーンコーン…。私は昼休みの終わりを教えてくれるチャイムの最終音が響き終わるのと同時に教室に飛び込んで授業を受ける。オオニシの英文法説法念仏はチョー退屈で私は3秒で飽きてしまう。教科書を盾にしてケータイを取り出す。ヤフーニュースをチェックした私は自分の眼を疑う。「六本木ヒルズが炎上中。死傷者多数」えーマジで?もしかして。ひょっとして。さっきの男がやったとか?なんだか鬱屈した声してたもんなあ。世の中に不満ありそうな感じの。私が教唆したってことになるの…かな?あーん。台無し私の人生。返せ私の青春。私は調布にある校舎の3階の窓から東の空が赤く燃えているのを見て泣きそうになる。あーん。どうせなら私が嫌い嫌い大嫌い超嫌っている石原慎太郎がソファーの上でえっへん偉そうにしている都庁とか襲えばいいのにー!私はケータイの履歴でさっきの男を発見する。オオニシの授業が終わったら電話をかけてみよう。それまではおやすみなさい。失敬。ぐうぐう。
■女からの電話を待つ俺の目の前で六本木ヒルズが燃えている。焼け焦げた人間の手足の、下水に似た匂いが俺の部屋の足元から充ちていく。俺はそいつらを一握りにしてどこからか這い出てきて「殺せ」を連発している黒ひげのケツの穴にぶち込んで和式便所で流した。二本目の「わかば」を取り出して咥える。ニュース速報は報道特番となりヒルズの惨状を伝えていた。キャスターの安藤優子がいう。「新たな情報が入りました。犯人のものと思われる書込みが『福井ちゃんねる』にあった模様です。『ギロッポン燃やしちゃうよ!キングオブファンク・スガ鹿男』警察は…」俺は目の焦点を失い「わかば」を口から滑らせ落としてしまう。スガ鹿男。俺が出会い系サイトで使っているハンドルネームだ。
□あーん。寝すぎちゃったー。オオニシの英文法説法、超強力。私は「午後の授業を受け続ける忍耐力ゲージ」が残り一ミリ薄っすら透け透け状態になってしまったので隣席のケーコに「アタシ、ふけるから」とクールに言い残して自主早退することにする。ごめんなすって。ヨーソロー。校門の脇のフェンスをぴょんと華麗に跳び越えて小さいころ憧れていた小菅麻里の影をなぞるようなフォームですりっと着地を決める。バス亭で都営バスを待っている間だってケータイで情報を収集することを忘れない。そだそだ。ヒルズ燃えてた燃えてた。燃ーえろよ、萌えろーよ。都庁よ、もーえーろー。慎ー太郎を突き上ーげー天まで焦がせー。都庁じゃなくてヒルズだ。私は大きな建物の区別がつかない。だってみんな白っぽくて四角いんだもん。なんか忘れていることあるような気がするけど、まいっかいっとけまいっか!てへへ。
■女からの電話はない。夕暮れが俺の部屋に貼られた福井の生んだスーパー・スター大徹のまわしの橙をいっそう深いものにして、まるで血のようだ。テレビでは安藤優子がヒルズ炎上のニュースを伝えている。安藤優子の隣には軍事研究家の先生様が偉そうにしゃべっている。俺はこういう事件や事故が起こるたびに埃にまみれた大学のクソ研究室から引っ張ってこられる「専門家大先生」が嫌いだ。「捜査本部はネットに書かれた犯行予告には重大な関心を…」俺は電源を切って「わかば」のチープな紫煙が充満した部屋の空気を入れ換えるために窓を開けた。二階の窓から通りを見渡す。俺の住む安アパート「残酷館」の前を通る人影は少ない。ところがなんだ。今日に限って黒スーツの男が三人もいやがる。俺がスガ鹿男だと探知してきたのか?警察か、公安か。俺は窓から離れて学習机の引き出しを開けた。改造空気銃のニューナンブが夕焼けのなかで妖しげに黒く光り、哂った。
□まあ六本木で爆発があろうとなかろうとダイアモンドよりも硬い私の決心にキズをつけるなんて誰にもできない。私はMEGのインストアライヴに行く。行かねば。だから私の注意と意識はメラメラと燃えているヒルズ族の人達には申し訳ないけれど、コンマ1秒くらいで六本木ヒルズから渋谷タワレコへと切り替わる。山手線でごとごとと揺られながら車内のモニターでニュースを眺める。ヒルズはまるで火の塊で手の施しようがないように私にはみえた。ニュースはネットで予告したバカの名前を映し出した。『スガ鹿男』。うわーホントに半分馬鹿だー。私は昼休みに電話をかけた男の声を思い出した。まさかねえ。ガコゴゴゴゴゴゴトトン!!!!山手線が渋谷駅手前で止まった。ちょうど目の前、つり革の下にタワレコ。ちょちょちょーっとMEG見られなかったらどーしてくれんのよ?
■冤罪くらい学のない俺だって聞いたことがある。ファック。誰かが俺を陥れようとしていやがる。ファックファック。俺はスガ鹿男として出会い系サイトに出入りしてはいたが、『福井ちゃんねる』に『ギロッポン燃やしちゃうよ!キングオブファンク・スガ鹿男』と書き込みしたスガ鹿男は俺じゃない。ファックファックファック。思い切って警察に行くか?「俺はスガ鹿男。真犯人はキングオブファンク・スガ鹿男でーす!」。馬鹿すぎる。そんな恥をかく勇気が俺にあればあのとき面接から逃げたりはしなかったし、今、無職なはずがない。却下。この手で真犯人キングオブファンク・スガ鹿男を捕まえるにせよ、警察が真犯人キングオブファンク・スガ鹿男の存在に気付き追い捕らえるにせよ、とりあえずこの包囲網を突破して時間稼ぎをする必要がある。俺は携帯と「わかば」とジッポをリーバイスに突っ込み、ニューナンブを持ってアパートのドアを静かに開けて気配を伺って安全を確認してから外階段をつんつん走って降りる。古びた鉄製の階段は俺の足取りに応じてさらさらと赤錆がこぼれていくようだ。一階の共有部に停めてある自転車に俺は辿り着く。マヌケ共のトンマな背中が俺の一時の安全を保障する。やれる。俺は男達を尻目に見ながらペダルをこぐ。頼みの綱、ニューナンブは擦り切れた内外タイムスにくるまれて自転車の前にある駅前にいたバカ高校生の悪戯でひしゃげたままになっているカゴのなかにぶちこんである。ニューナンブが油の切れたビートにあわせてしゃんしゃんと音をたてる。次第にその音があの声の残滓に聞こえてくる。っ。せっ。せっ。殺せ。殺せ。
□マジ最悪。一向に動く気配のない山手線に私は軽くキレ始める。だいたいJRって復旧に時間かかりすぎ、お役所体質が抜けてないっつーか。そんなんだからパパにいつまでたっても「国鉄」って呼ばれちゃうのに。「お客様にお知らせします。さきほど…」車内放送だ。最近女の人が車掌さんてパターン多いけどそんなの私には関係ない。「JR総武線・中央線は西荻窪駅付近において暴徒によって爆破されました。詳しい情報は入り次第…」ニシオギクボフキン?ボウト?バクハ?ここ日本だよね。うん。目の前に渋谷タワレコがある。間違いなく日本。つか馬鹿馬鹿馬鹿。中央線だか総武線だか爆破されたかなんだか知らないけれど、ここ山手線だし。MEGが私を待ってるのに。うわー。やばーい。「非常事態ドアコック」ってどこにあんの?私は身をかがめてシートの下を覗き込む。見つからない。後ろのオッサンが私のスカートの中を眺めているので脛にキック。逃げるオッサン憐れなり。んもー!あんま怒らせないでよね!電車からの脱出を諦めた私はケータイをいじる。「六本木ヒルズ炎上」。「米軍の軍事衛星が軌道上で行方不明」。私には関係のないニュースが並ぶ。私は山手線或いは西荻窪のことを知りたいだけなのに。もう。
○あのときと同じだ。街は大賑わいで楽しそうだ。みんなが僕を待っている。ちょっと待って。あともう少しだから。
(Vol.2につづく)