素材メーカーのAGCにとって、サステナビリティ経営は極めて重要な課題だ。製造工程で排出される温暖化ガス(GHG)を削減するだけでなく、高機能な素材が生み出すGHG削減効果も見据えながら、ベストな道を選択しなければならない。そのため、事業の経済的価値と社会的価値の両面を可視化し、経営判断に生かす方針を掲げる。同社のサステナビリティ経営について、執行役員 経営企画本部 戦略企画部長兼サステナビリティ推進部長の村野忠之氏にフリーアナウンサーの堀井美香氏が聞いた。

時代をリードするプレイヤーと共に
社会課題を解決してきた

フリーアナウンサー
堀井 美香氏

堀井氏 AGCグループのサステナビリティ経営は、どのように進められてきたのでしょうか。

村野氏 当社は1907年の創業以来、時代ごとのリーディング・プレイヤーと協力しながら、社会課題の解決に努めてきました。高度経済成長期には高層ビルの窓ガラス、高機能化学製品、モータリゼーションの時代には自動車用ガラス、情報化の時代にはエレクトロニクス製品やスマートフォン・大型ディスプレイ用の薄型ガラスなどを手掛け、近年では医療の進化に伴い、バイオテクノロジーやライフサイエンスの分野に進出しています。素材メーカーの立場から社会課題を解決していくのが、当社のサステナビリティ経営の特色です。

堀井氏 近年、気候変動問題への社会的関心が高まっていますね。

村野氏 はい。気候変動問題は今日のサステナビリティ経営の中心的な課題です。当社は1971年にいち早く環境部を設立し、地球環境との共生に努めてきました。1933年から続けていた旭化学工業奨励会を、1990年に旭硝子財団へ改組。同財団は1992年に地球環境国際賞「ブループラネット賞」を創設し、科学技術の面で大きく貢献された個人や組織の業績をたたえています。第1回受賞者である地球科学者の眞鍋淑郎氏が、2021年にノーベル物理学賞を受賞されました。30年前には同氏の功績を見いだしていたという事実に、とても勇気づけられています。

AGC株式会社 執行役員
経営企画本部 戦略企画部長
サステナビリティ推進部長
村野 忠之氏

堀井氏 2018年には、経営企画本部内にSDGs推進部を設置されています。主な狙いは何でしょうか。

村野氏 ポイントは、グループ全体の戦略を考える経営企画部門の中に設けていることです。SDGsの活動は、地域や部門ごとではなく、全社が一丸となって進めなければなりません。2020年にサステナビリティ推進部に改編し、経営トップの方針を各部門、各地域と連携、共有しています。

堀井氏 国によって法律や社会事情が異なる中で、グローバルなかじ取りは難しいのではないでしょうか。

村野氏 そうですね。現在約30以上の国と地域で事業を展開しており、各国への設備投資額も大きくなっています。国ごとの文化や法規制をしっかりと理解し、現地の人たちと一緒に歩みを進める。そうした姿勢なしに、当社のビジネスは成り立ちません。

GHGの排出コストや削減貢献価値を可視化し
経営判断に社会的価値を組み込む

堀井氏 2021年に中長期のGHG削減目標を策定されました。2050年への目標とマイルストーンについて教えてください。

村野氏 GHGの削減には「リスク」と「機会」の両面があります。当社の事業の中心は、ガラス、電子、化学品、セラミクスなどです。基本的には素材業ですので、化石燃料や電力を製造工程で大量に消費しています。それがリスクの面であり、事業の過程で発生するGHGをどう削減していくかが、まずは大きな経営課題になるわけです。

当社は2050年に「カーボン排出量をネットゼロにする」という目標を掲げています。目標を実現するために、2030年に2019年比で30%の削減をマイルストーンとしています。これには、原料の調達から製造、物流、納品に至るサプライチェーン全体で取り組む必要があります。そのために、全社横断的な組織として「気候変動対応戦略会議」を立ち上げ、部門や地域ごとの課題と解決策を幹部全員で確認し、前進させています。

GHG排出量の削減と並行して、組織が進むべき方向を社会的ニーズに見合うように変革していくことも重要です。具体的には、事業ポートフォリオを変革することで、素材メーカーとして社会に貢献するプラスの面を増やしていくことができます。これが「機会」というわけです。

堀井氏 興味深いですね。事業ポートフォリオをどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

村野氏 「両利きの経営」といっています。これは「コア事業の深化」と「戦略事業の探索」の両方を利かせる経営という意味です。

コア事業とは、当社が100年以上続けているガラスや化学素材の事業で、多くの分野で世界トップレベルのシェアを誇り、世の中になくてはならない製品を供給しています。これを深化させるとは、単に売り上げと利益を伸ばすだけでなく、資産効率を高めていくこと、同時に売り上げに対してGHG排出量を減らす、もしくは同じ排出量でも売り上げを伸ばす。これを、コア事業を深化させる方向性として打ち出しているわけです。

一方、戦略事業とは当社が持つユニークな技術をベースに新たに推進している事業のことです。具体的には、エレクトロニクス、ライフサイエンス、モビリティの事業になります。代表的な例としては、医農薬品の受託開発製造(CDMO)や半導体用部材の製造などがあります。これらはいま、大きく成長しています。

堀井氏 事業ポートフォリオを最適化していくうえで、2022年に本格導入された「インターナルカーボンプライシング」はどのように機能するのでしょうか。

村野氏 インターナルカーボンプライシングとは、将来発生するGHGの費用や価値を数字で可視化する手法です。経営判断の中に、経済的価値だけでなく、社会的価値を組み込んでいく仕組みといえるでしょう。売り上げや利益ばかりを見ていると、GHG削減が後回しになりかねません。経営判断の指標にGHGの評価価値をしっかりと組み込むことで、経済的価値と社会的価値を両立させる経営判断が可能になります。

例えば、戦略事業はコア事業に比べて現時点では売り上げ規模は小さいですが、どれも相対的には社会的価値が高い事業です。売上高当たりのGHG排出量が極めて少なく、これを推進することでグループ全体としてGHG排出量の少ない企業に進化していけるからです。

5年間で1000億円以上を投資
カーボン・ネットゼロに向けてイノベーションを加速する

堀井氏 社会的価値を可視化していくと、事業の見方も変わりますか。

村野氏 はい。例えば、ガラス素材の製造工程はGHGの排出を伴います。一方、社会的なGHG排出の大きな原因の一つがエアコンを中心とする建物のエネルギー消費にあることが分かってきました。断熱性の高い窓ガラスを作れば、熱の移動を抑制し、建物の消費エネルギ��を大きく削減できます。「窓ガラスの製造で発生するGHG」と、「窓ガラスが建物のエネルギー消費を削減する効果」の両方を評価することで、窓ガラスの事業を縮小すべきか、成長させるべきか、成長させる場合どう進化させるべきかなどを判断できます。

欧州での試算によると、窓ガラスの製造工程が出すGHG量に対し、高機能な窓ガラスが生み出すGHGの削減効果は9倍から10倍もあることが指摘されています。こうした事実を社会と広く共有しながら事業を進めることが重要です。

また、当社では化学品事業で塩化ビニール素材事業が東南アジアを中心に成長していますが、やはり製造工程で大きな電力を消費し、間接的にGHGを排出します。単にGHG削減の視点では、事業を縮小するとか、さらなる省エネへの取り組み、電力を再生エネルギー由来に切り替える、といった検討が必要です。しかし、当社の塩化ビニール素材は東南アジアで上下水道といった都市のインフラに採用され、その普及により地域の水質を改善しています。その結果、生活環境が向上し、例えば病気の発生や乳幼児死亡率の減少につながっていくのです。こうした社会的価値まで含めて評価しなければ、事業を正しく見ることはできません。

堀井氏 社会的価値を考えると、気候変動問題への対応も国や地域ごとに変えていく必要がありそうですね。

村野氏 そうですね。例えば、欧州の発電はかなり再生可能エネルギーに切り替わっていますので、生産工程でのエネルギーを化石燃料から電化して行くことが検討されますが、日本やアジアはまだ化石燃料由来の電力が中心ですから、省エネ技術が重要になります。1つの方針でグローバルに対応できれば楽なのですが、地域によって事情が違うため、そうはいかないわけです。

当社はそれを逆手に取り、各地で開発している技術やノウハウを「いいとこ取り」のような形で融合させ、革新的なGHG削減を実現しようとしています。それこそが、グローバルに展開しているAGCのアドバンテージとなるでしょう。

自社事業でのGHG削減と、GHG削減に貢献する製品の創出。この両面を見据え、2025年までの5年間で1000億円以上の投資をしていきます。経済的価値と社会的価値を両立させ、独自の技術や製品を通して「持続可能な社会の実現」に貢献していきます。

堀井氏 経済的価値と社会的価値の両立、国や地域ごとに異なる施策、現地の人たちと共に歩むサステナブル経営。素材メーカーとして、またグローバル企業としてのAGCのユニークな取り組みがよく分かりました。本日はありがとうございました。

堀井 美香(ほりい みか)

1995年TBSにアナウンサーとして入社。2022年4月からフリーに。Podcast「OVER THE SUN」の配信のほか、現在も多数の番組でナレーションを担当。「yomibasho PROJECT」 として自身の朗読会も主催。自著に『音読教室』(カンゼン)。

※部署名・肩書は取材当時のものです

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