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10分で充電できる蓄電池の開発と実用化で世界に先行したのは多くが中国メーカーだった。ただ、日本を含む世界の蓄電池メーカーも巻き返し策を立てている。結果、10分を切り、例えば3~5分で充電できる蓄電池が、早ければ2~3年後から続々と登場してきそうだ。

 充電率(State of Charge:SOC)80%まで10分で充電できる電気自動車(EV)向け蓄電池は、現時点ではその多くが中国メーカー製だ。もっとも、日本を含む世界の蓄電池メーカーも手をこまぬいてはいない。単に中国メーカーの電池に急速充電性能で並ぶのではなく、一歩先を行く電池を開発中だ。

超急速充電の王道
全固体電池

 その巻き返し策の大本命が全固体電池である。

 SOC80%まで10分前後で充電できる、すなわちCレートで4C~6Cでの充電が可能な蓄電池の開発は中国メーカーが先行した。ただ、その実現技術は、既存のリチウム(Li)イオン2次電池(LIB)を改良したもので、それをもう1段進めて充電時間を例えば5分以下にするのは容易ではない。

日産自動車は10C弱を実現へ

 一方、全固体電池は、本質的に超急速充電に向いていると考えられている。超急速充電への適性が高いことが、この電池の最大の特徴だと考える研究者もいる。実際、中国勢を追い越す10Cかそれ以上のCレートの実現も見えてきている。

 具体的には、トヨタ自動車や日産自動車、そして韓国Samsungグループなどの開発例だ(図1)。これら3社は全固体電池の研究歴が長く、中国勢に対して一日の長がある。2027~2028年に実用化を予定している充電時間は、トヨタ自動車が約10分(4C超)、日産自動車で5分(10C弱)、Samsungで9分(5C弱)だとしている注1)

注1)充電の定義として、トヨタ自動車とSamsungグループは、SOC10%から80%までとしている。日産自動車だけは充電をSOCでは定義せずに「5分で満充電」としているが、どんな電池でも厳密に満充電にするには無限の時間がかかる。多くの場合、SOC80%または90%を満充電と同等とみなしているが、ここでは日産自動車もSOCで0%から80%までの充電だと推定した。

図1 全固体電池で5~10分充電を目指す
図1 全固体電池で5~10分充電を目指す
トヨタ自動車、日産自動車、Samsung SDIのEV向け全固体電池の現時点の概要。カッコ()は一部報道(出所:写真は各社、諸性能は日経クロステック)
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 実用化時期こそ3年ほど先だが、日産自動車は2024年中にパイロット生産ラインを稼働させる計画。また、Samsungグループは2023年末からパイロット生産と、自動車会社へのサンプル提供を始めている。車載向けの大容量全固体電池も、実用化への道がいよいよ明確になってきたといえる。

トヨタにとっては超急速充電が価値

 また、トヨタ自動車は既存の電池技術や2~3年後の技術に対する、全固体電池の位置付けが分かるロードマップを発表している(表1)。

表1 トヨタにとっての全固体電池の意味は超急速充電
表1 トヨタにとっての全固体電池の意味は超急速充電
トヨタ自動車の電池技術ロードマップ(出所:同社の2023年秋時点の発表内容を基に日経クロステックが作成)
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 それによれば、全固体電池の一般的なアピールポイントの1つである高いエネルギー密度と関係が深い航続距離は1000km以上になっている。ところがこれは、トヨタ自動車が2026~2027年に実用化を想定するバイポーラー構造の高容量電池の航続距離と同じだ。異なるのは充電時間で、バイポーラー構造の電池では約20分としている一方、全固体電池では約10分。トヨタ自動車にとって、全固体電池の価値とはこの超急速充電性能の高さであることが分かる。

 トヨタ自動車の全固体電池の第2世代品では、エネルギー密度をさらに高めてくる見通しだが、実用化時期は明らかにしていない。

既存のLIBでは複数種のイオンが動く

 ここで、全固体電池であれば、なぜ超急速充電が可能になるのかを説明する。

 既存の液体電解質を用いるLIBでは、カチオンとも呼ばれる正(+)に帯電したLiイオンだけでなく、他のイオンも充放電時に動いてしまう。

†カチオン=全体として正に帯電した粒子のこと。これを含む溶液に電圧を印加すると、陰極(カソード)側に寄っていくのでこの名がある。逆に、負に帯電し、陽極(アノード)に寄っていく粒子をアニオンと呼ぶ。

 例えば、典型的な電解質の主成分である六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)の負に帯電したアニオンである[PF6])などは、充電時にLiイオンとは逆方向の負極側から正極側に移動しようとする。もちろん、正極にはほとんど入らず、正極付近でその密度が高まるだけだ。

 充電をやめると、アニオンはその密度勾配を緩和するために次第に正極側に戻っていくが、そうした移動のエネルギーは電池としては役に立たず、損失になる。これが、LIBを充電するために投入した電力量の一部が、実際には充電されずに失われる理由の1つである。

 超急速充電になると、このアニオンの悪影響はもっと大きくなる。まず、超急速充電を始めた直後は、Liイオンとアニオンが逆の方向に動く。この比率は3:7程度で、結果として、電池外部の回路に流れる電流に対して、電池内部でLiイオンが運ぶ電荷量は、約3割しかない。つまり、高い電圧を印加した割に、なかなか充電が進まないという結果になる。

 また、充電開始から少し時間がたつと、アニオンは正極付近に高密度にたまって動きが鈍くなる。このとき、負極付近は逆に密度が低くなる。そしてこの密度勾配が形成する逆向きの電位勾配が、充電のための電位勾配を一部キャンセルしてしまう。これも、高い電圧を印加した割に充電が進まない要因となる。

 さらにもう1つ、液体電解質中では、Liイオンが高速で動こうとすると、空気抵抗ならぬ“液体抵抗”が急激に大きくなる。これも超急速充電の大きな阻害要因になる。

全固体電池はLiイオンのワンマンショー

 一方、全固体電池では電解質が固体であるため、電池内のキャリアはLiイオンだけになる。つまり、充電の際は、Liイオンだけが動いて、正極から負極に移動する。

 結果、印加電圧のエネルギーはすべてLiイオンの移動に使われ、実質的な電圧低下もほとんど起こらない注2)。そして、Liイオンの移動速度が速まっても、物理的に受ける抵抗はそれほど増大しない。つまり、全固体電池は超急速充電にうってつけの電池なのである。

注2)もちろんこれは理想的な全固体電池の場合で、開発中の全固体電池では、固体電解質と電極の境界の電気抵抗値、つまり界面抵抗値が高いことが課題になっている。この場合、充電時に、Liイオンが負極に入りきれず、界面付近にたまることで充電とは逆向きの電位勾配が生じて出力密度が上がらないということがあるようだ。

 ちなみに、中国メーカーに多い“半固体電池”は、結局、少量とはいえ液体電解質を用いているため、この全固体電池の特長を100%は享受できない。