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医療現場の負荷軽減へ縮小運用を続ける感染者情報管理システム「HER-SYS」。実は、厚生労働省が約10年かけて開発を進めてきた別の感染把握システムがある。「症例情報迅速集積システム(FFHS)」と呼び、現場の負荷を極力抑えたものだ。だが厚労省はなぜかFFHSを採用せず、HER-SYSを急造する選択をした。累計50億円以上を投じたHER-SYSを含め、決定の経緯と結果の検証が必要だ。

 新型コロナウイルス対策に活用する「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」がたび重なる運用見直しに追われている。その大きな要因の1つが、国が医療機関や保健所に求める入力事務の負荷の高さだ。

 当初は患者の個人情報や症例に加え、濃厚接触の追跡に使う関連情報など約120項目の入力が必要で、1件に20~30分を要したという。医療現場から改善要望が強く、厚生労働省は2020年末に発生届と同等の数十項目に、オミクロン株で感染者が急増した2022年6月30日からは7項目と必要な入力項目を減らし続けた。しかし、桁違いに感染者が増えた第7波により、医療現場の事務負担が解消されない。政府はオミクロン株の特性も踏まえ、9月26日から感染者の全数を把握せず重症者などに絞る運用に切り替えた。

 実は、厚労省は研究予算を投じてパンデミック(世界的大流行)を想定した別のシステムも約10年前から開発させていた。「症例情報迅速集積システム(FFHS)」と呼び、集める情報を必要最小限に絞り込んだものだ。2014年度には一通りの機能を完成させ、何度も演習を実施していた。だが厚労省はFFHSを採用せず、緊急事態の中でHER-SYSを急造する。新型コロナ禍が広がりつつあった2020年2月、FFHSを新型コロナ対応に改修する指示を出していたにもかかわらずである。新型コロナ対策のIT化を指揮した厚労省の副大臣らにはFFHSの存在が伝わっていなかったことも明らかとなった。

症例情報迅速集積システム(FFHS)の2014年度の演習風景。以降、毎年パンデミックを想定した演習を実施していた
症例情報迅速集積システム(FFHS)の2014年度の演習風景。以降、毎年パンデミックを想定した演習を実施していた
(写真:国立保健医療科学院)
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1人1分もあれば報告できる

 FFHSは北見工業大学の奥村貴史工学部教授が開発を主導した。2009~2018年に厚労省の医系技官を務め、2009年の新型インフルエンザ発生時は政府の対策本部でクラスター対策に携わった。当時の混乱を踏まえ「国がサーベイランス(感染状況の把握)に必要な情報を迅速に集める必要性を痛感」(奥村教授)し、研究を立ち上げた。

 厚労省の研究費で感染症対策の研究案件を数多く手掛ける「谷口班」で、2011年ごろから要素技術の開発が始まった。システム全体を実装した2014年度からは、厚労省職員や自治体関係者が参加した演習を毎年、実施してきたという。運用を通じて情報収集とサーベイランスが機能するかを検証し、改善するためだ。

 FFHSで収集する情報は最少で7種類に絞り込んだ。入力が必要なのは患者の年齢や発症日、該当する症例などで、すべて数字の記入か項目のチェックだけで済む。要する入力時間は1人1分以内という。現場の実情に合わせて複数の入力方法も用意した。Webフォームのほか、表計算ソフトからの取り込み、所定用紙への手書きなどだ。手書きの場合はファクスの粗い解像度でもOCR(光学文字認識)技術で自動的に読み取る機能を実装した。

FFHSで新型コロナに対応させた手書きの報告用シート。数字の記入か項目のチェックだけで済むように設計した。OCR(光学文字認識)技術で迅速に取り込める
FFHSで新型コロナに対応させた手書きの報告用シート。数字の記入か項目のチェックだけで済むように設計した。OCR(光学文字認識)技術で迅速に取り込める
(画像:国立保健医療科学院)
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 情報を絞り込んだのは現場の負担軽減とともに情報収集のスピードを高めるためだ。国などの対策本部が感染初期の動きを捉えるには、検査結果が出ていない疑い症例や濃厚接触も含めて迅速に情報化する必要がある。日本ではこうした疑い症例も含めた情報化が遅れており、業務の逼迫を招いていた。