Kenny Beats:芯のブレないビートメイキング
今は亡きラッパー/音楽プロデューサーのDaniel Dumile(通称、MF DOOM)が創作の壁をどう乗り越えるのか尋ねられたとき、その答えはシンプルだった。「俺にとって創造性がうまくいく方法か。それは、自分ってことになるね。エネルギーの流れとか何かみたいにさ。 波のようにやってくるんだ。 その波に向けて備えるしかない。波が収まったら、また戻ってくるのを待つ。 そのときは、少しのあいだ距離を取る。 自分で波を起こす方法はないよ。 備えるしかない」。これは、チベット仏教の瞑想や、Bruce Leeのジークンドーの「水のようになれ」というミニマリズム、Malcolm Gladwellの提唱するとらえどころのないフロー状態(英語)など、数千年にわたって複数の文化で繰り返されている教訓だ。 精神的にも肉体的にも創造的にも、すばらしさの秘訣は、心をリラックスさせて、来たるべきインスピレーションの波をとらえる技量を信じられる個々の能力にあるようだ。
Kenny Beatsとして知られるKenneth Charles Blume3世は、この考えを取り入れ、起業精神にあふれるミレニアム世代であれば誰でもやることを行った。つまりブランド化だ。 彼のグッズやスタジオの入口に掲げられたネオンサインなどほぼすべてのものには、Don't Over Think Shit(“クソなことを考えすぎるな”という意味で、R指定外の略語としてD.O.T.S.と記される)という言葉が、付けられている。 「足元を見ると、“Don't Over Think Shit”と書かれた敷物が常にある。 ライターにも“Don't Over Think Shit”って書かれている。 自分の使うちょっとしたものすべてに“Don't Over Think Shit”って書いてあるよ」とBlumeはロサンゼルスのレコーディングスタジオからビデオ通話で明かしてくれた。 Blumeにとって、D.O.T.S.とはキャンペーンのスローガンというよりも瞑想の真言であり、活動倫理と創造性を繊細な調和で保持する哲学的な基盤となっている。
「考えすぎるなって俺に言ってきたマネージャーに由来しているんだ。 いつも考えすぎちゃうんだよ。 そこにはない結論をいつも導き出そうとして、より良い作業方法に自分をもっていこうとする。 そのことを誰よりも自分で思い出す必要がある。 いつも自分に言ってるよ。『放っておけ』って。 品質を手放すって意味じゃない。 誇りにしていないものを世に出すって意味じゃないんだ。 ただ、そうしていれば、ある特定の決断のために自分を狂わせてしまうことがあるって思い出せるんだ。たくさんの決断をしなければならないときにね。ときには、俯瞰的な視点が必要なんだよ。 D.O.T.S.っていう信条は、 自分をリセットするために、いつも頭を叩いてくれるっていうか」
おそらく、D.O.T.S.は、プロデューサーとしてジャンルを超越するBlumeの11年におよぶキャリアを支えている接着剤なのだろう。 2010年代前半、Blumeはブログ・ラップで人気のSkeme、Smoke DZA、そしてInsterscope以前のSchoolboy Qと活動するようになり、2012年には、バークリー音楽大学の学生だったRyan MarksとLoudpvckを結成。最終的に、808を基調としたアトランタのトラップに影響を受けたフェスティバル向けEDMサウンドでワールドツアーを行った。 2017年はLoudpvckが消滅し、Blumeの音楽キャリアにとってホームゴーイング(英語)の年になる。 彼はロサンゼルスのスタジオにこもって現代的なヒップホップの広大なサウンドスケープを研究したあと、Kenny Beatsとして登場し、HoodRich Pablo Juan、Lil Wop、アトランタのアンダーグラウンドで人気のKey!らと多数のコラボレーションを始動した。
『777』と名づけられたアルバムプロジェクトをもって、Blumeはヒップホップで需要の高いベース・プロデューサーのひとりとして躍進した。そこで彼が車体を揺るがす超絶トラックを提供した相手が、2010年代後半にベースミュージックの独創的な復権ムーブメントの最前線にいた多数のラッパーたち、Greedo、Gibbs、Staples、Nastyだった。 Blumeは、車体を揺るがす楽曲を制作する格好のプロデューサーとして登場し、以来、前を見続けている。
ヒップホップの制作では、“808”という言葉が、808のキックドラムをサンプリングしてディケイを非常に長く引き延ばすという意味の業界用語として使われ、ラップ・プロデューサーの究極テクニックとして出回っている。 それはヒップホップの効果的なフックだ。同ジャンルの若手リスナーの心につながる音の入口であり、Feefoの言う“車で跳ねたくなる要素”になるカギとなっている。 Blumeの808はボリューム感があり、楽曲を包み込みながらも、そこにはMCがビートを忘却の彼方に押しやるだけの適度な余白が残っている。 秘訣は何か? そう。D.O.T.S.だ。
「やることを少なくするのが、俺のやり方なんだ。 本当にすごく気に入ったサンプルを選ぶ。何千何万というサンプルを聞いて、使うのは、自分が気に入った20~30個とか。 自分にとってヤバイものを見つけるんだ。サイドチェインをかけたらよくなるかもとか、EQを適切にかけたらいい音になるかもとか、R-Bassがあればいいかもって思うようなやつは選ばない。 やりすぎは良くないと思う。俺の意見ではね。 俺がいいなって思っている808の使い手から学んだんだよ。 その人たちはいつもひとつのキックしか使わない。いつも激ヤバな808のサンプルしか使ってなかった。 サイドチェインの話は一切なかったし、808に何かをしなきゃいけなかったって話も一切なかった。 『グッとくる808を見つけろ』って言っているだけだったよ」
ヒップホップの影響がポップミュージック界隈で権勢をふるい続けるなか、その音の特徴は複数のジャンルにわたって若者文化の共通語となる音になっている。 それにともない、Blumeの需要も拡大し、Omar Apollo、Deb Never、Ed Sheeran、IDLESといったアーティストとのコラボレーションを行うに至っている。 彼の技術的な熟練度は、今ではラップトップの範囲を超え、伝統的なスタジオレコーディング環境にもおよんでいる。 808の選択、機材の入手、ボーカル制作など、いずれにおいても彼が一貫して実践しているのは、準備万端の状態になるように努めることだ。それは、一緒に仕事をするアーティストへの純粋な愛情から生まれている。 Don't Over Think ShitがBlumeの理論であるなら、綿密な組織、深みのある研究、そしてお気に入りのミュージシャンに対する真摯な思いと興奮が交錯する場所に、彼の活動があると言える。
それこそが、今回のインタビューでBlumeがもっとも熱心に語ってくれたプロセスだった。 そして知ることができたのが、現代の音楽で優れた編曲家のひとりであるBlumeが実践する独創的で技術的なアプローチに関する克明な見解だ。 そこからは、Don't Over Think Shit(クソなことを考えすぎない)ということと、それを自分の意識に刻み込み、心を失わずに実りのある状態を維持することは、まったく別問題であるとわかった。詳細については、続くインタビューを読み進めてほしい。
最近、2種類の異なるタイプのアーティストたちと仕事をしていると言ってましたが、 そのことについて詳しく教えてもらえますか?
みんなは俺がどんなことをやるのか知っていて、そのとおりのことを俺がアルバムでやるときがあるんだ。ビートメイクしたり、サンプルを変化させたり、楽器を演奏したりして、 自分の好きなアーティストと一緒に異なるタイプのラップとかヒップホップをやっている。
でも、俺が作業していた別のアルバムでは、ほぼほぼライブレコーディングのみで、普段のスキルとか、普段のサンプルフォルダとかはほとんど使っていなくて、いつもと違ってAbletonを開いて全部自分でやる作業もほとんどしていない。 一緒に作業するアーティストのために、たくさんのマイクをたくさんのアンプの前においたり、たくさんのマイクをたくさんの楽器や人の前に置いたりするだけ。やらなきゃいけないのはそれだけだね。みんなが音楽の鳴りに求めているのは、それで全部だよ。 で、そうすれば、自分にとっては違う視点になれる。そして、アーティストとスタジオにいて単にサンプルやプラグインを選ぶだけじゃないときに自分のすべきことが見えてくるんだ。「全部をよく聞こえさせるために俺に何ができる?」ってね。 ギターの音は自分で作るし、 ドラムループも自分で作る。 ひとりで何でもやってるね。
音色が重要だったり、録音が重要だったり、音響が重要だったりで、状況によってまったく違うし、1個のプロジェクトから別のプロジェクトに移るには、自分の頭をいろんな方法で使わなきゃいけないし、とにかくプロデューサーとしていろんな方法で感覚を働かせないといけない。 それって、制作プロセスでの俺の好みにすぎないし、俺がトラブルを解決しているだけにすぎない。 どんな作品に取り組んでいても、無数の判断を下さないといけない。 だから、最良の判断を下して、その過程で成功率を可能な限り高くするってことになる。
異なる複数のジャンルで制作するときは、考え方はどう違いますか?
人からパフォーマンスを引き出す方法は、ジャンルに関係なく違うね。 同じ州の同じ町で同じニッチなスタイルの音楽を作っている人がふたりいても関係ない。動機がまったく違うかもしれないし、性格がまったく違うかもしれないし、音楽の見方がまったく違うかもしれないでしょ。ゾーンとかフロー状態とか何て呼んでもいいけど、そこへの入り方もまったく違うかもしれない。 俺にとっては、ひとりひとりのアーティストがケース・バイ・ケース。Trash Talkとハードコアのアルバムをやっていようが、Idlesと『Ultra Mono』みたいなアルバムに取り組んでいようが、どのアーティストとアルバムをやっていても状況は変わる。Denzel Curryのやつとか、Vince Staplesとか、Rico Nastyとか、Freddie Gibbsとか、KEY!とか、 どれであっても違ってたでしょ。 俺は、どのセッションもまったく違うシナリオみたいに考えている。
JIDと一緒に制作しているとしてさ、 JIDって信じられないほどの歌唱力があるでしょ。 それにすごく独特の抑揚というか声色をしていて、実はラップのときにいつも変化しているんだ。 そういう人のエンジニアをやるときは常に、歌を歌手のように扱って、ラップをラッパーのように扱わないといけない。 それを見てみてよ。歌とラップを別々のトラックに入れるし、それぞれに違うEQをかけるし、プラグインやリバーブも違うし、センドも変わる。 まったく違う人間のように扱うことで、俺は最良の結果を得ているよ。 それに一緒にいる人が違えば、俺はどのシナリオもほかのシナリオとは完全に切り離して扱うね。 あと、ジャンルとか読んだインタビューとか、過去に交わした会話から判断するべきじゃない。クリエイティブな人たちって常に進化しているから。 だから、ケース・バイ・ケース。 常にね。
基本にしている方法はありますか? JIDを例に挙げてくれましたが、JIDのラップ用のボーカル処理の設定と、歌用のボーカル処理の設定では、どこから取りかかるんでしょうか?
最初は、Alex Tumayを模倣して、それをすべての人に何か月も何か月も使ってたね。 でもそのあと、「あ、これってあのマイクだと最悪だわ」とか「このマイクだとまったく良くない」って気づくときがでてきてさ。そうかと思ったら、別の日の人だとすごくいい音なんだよ。 そして、それはマイクのせいじゃなくて、全員に対して同じ設定のままにしている俺のせいなんだって気づきだしたんだ。 だから、いい感じの大きいスタジオに呼ばれて自分の場所で作業できないときにすごく不満を感じるんだ。たくさんのスタジオにいるエンジニアたちはテンプレートを知っていて、うまくいく方法をひとつだけ知っているけど、アーティストと一緒にいる時間が十分じゃない。 それはエンジニアたちのせいじゃないよ。でも、アーティストと一緒にいて、その人の声に何が合うのかを知る時間が足りていない。 だから、毎日同じテンプレートを使うんだよ。 すべての人に同じテンプレート。 どのセッションでどのアーティストにも同じテンプレートで、一種のルールみたいに何も変わらない。俺が行く場所の多くでそうだね。
だから、俺はそのことについて考えて、自分の盲点をカバーしようとしてる。 誰かがうちに来ても、「女の人が来たか。 じゃあ、女性ボーカルのプリセットだな。 今度は男か。 オートチューンで低い男声だな」とかにはならないよ。「お、ラップすると500Hzあたりの声が奇妙に共鳴するんだ。 じゃあ、ラップの声があるときは、同じEQをそのトラックにドラッグして、共鳴している部分をカバーしよう。ラップをするたびに気になる奇妙な部分をカバーしよう」って感じで解明してる。そうやって人を知っていくんだよ。 「アドリブがあるときは、すごく大きな音になるんだ。 じゃあ、コンプレッサーでゲインを少し下げよう。 プリアンプのノッチを下げてみよう」って感じで、 失敗しながらゆっくりと学ぶんだよ。 それに、自分ひとりのときの失敗はいいんだけど、アーティストと一緒に失敗したり、レコーディングで失敗したり、誰かが超絶にノリノリのときとか、二度と取り戻せない瞬間で失敗したりは許されない。
ビートメイクやプロデューサーの意識からエンジニアの意識に移るときは、ちょっとした集中が必要になるね。 ボーカルテイクは、MIDIを打ち込むのとは感じが違う。 必ずしもMIDIで再現できるものじゃないんだ。 パフォーマンスは、必ずしもすぐに呼び出せるものじゃない。 だから、そういうことの上達具合とか機材やプラグイン全部のことについては、もう少し気を払わないといけない。それが声に関連しているものだったり、音楽を作るだけじゃなくてエンジニア的な技術に関連していることであればね。
一大事なんですね。 そのことで、思い出したドキュメンタリー(英語)があります。 Ice-Tがどんなふうにスタジオ入りして、2回のセッションを予定するのかについて話をしていて、 1回目のセッションで曲のアイデアを出して、次のセッションでその曲を実際に録音するって言ってたんですよ。 Ice-Tは、必ずセッションが2回必要になることをわかっていたんです。1回目のセッションでは決してうまくいかないって知っていたので。
そうだね。俺やみんなの場合だと、最初の1年はうまくいかないことがあるし、 最初の3~4年がうまくいかないこともある。 そのことが本当にわかりはじめてきたよ。 お互いの関係や理解を深めることが必要な場合もあるっていうかさ。 全員と親友になったからって、うまくいかない理由がわかったり、みんなが好きなものや、自分のアプローチを変えるために必要なものがわかるとはかぎらないし、 単にタイミングの問題にすぎないかもしれない。 そういうこともあるでしょ。 かつてPrinceはアルバム全体をやるとき、「よし、アルバムをやる準備ができたぞ。自分のモードに入れたし、さあ、やるぞ」と言えば、アルバムを吐き出せていたんだ。それでゾーンに入れるなら、それでもいいんだよ。1時間でやってもいいし、4年かけてもいいんだ。 どれだけかかってもいい。
プロダクションの段階とポストプロダクションの段階で、すべてをいい状態にするためにどれくらい時間を最初に使っていますか?
俺は常に最高のサウンドを得ようとしている。スネアであれ、プリセットであれ、EQのカットやブーストであれ、完ぺきなものにね…。 「あ、これはあとでやろう」って思うことは絶対ない。それって予備っぽいし、2次的でしょ。 その場で何かが起こるのに、なぜ後回しにするの? ミキシングでやるべきこととか、追加すべきこととか、費やすべき時間とかを必ずしも1個ずつチェックしていかなくてもいい。 俺が一緒に制作している人の多くは、2分の曲を1日に5~6曲作ってるよ。 俺は2か月で03 Greedoと80曲作った。 最近はみんなの仕事のペースが異常だよね。 長く時間をかけて曲を作る人のほうが、即興でさくっとやる人よりも優れているって言いたいわけじゃない。 ただ、人によって作業の仕方が違うってだけ。俺の場合だと、いつもエネルギーの流れに合わせようとしている。 ボーカルテイクを完ぺきに仕上げる人がいるけど、俺は一発で決めるタイプだな。 多くの人は毎日時間を費やすことに対してはいい感じなんだろうね。1万時間でもどれだけでも費やしていれば、完ぺきなことができるかもしれないけど。
アーティストのための準備については、どんなことをしていますか?
準備するっていうよりも、ただのファンになるって感じだな。 俺が誰かと一緒に仕事をする理由は、十中八九、親しい人だから。友だちが教えてくれた人の音楽で、俺が気に入ったからなんだよ。 好きになるためには、それを十分に理解する必要がある。 リサーチして、あらゆることを調べて、ほかにもやっていることを全部聞くんだ。その人の影響を受けた音楽であれ、その人の地元界隈の人であれ、その人が一緒に仕事をしているプロデューサーであれ、ミキシング面や制作面で共通点がないか探すんだよ。
自分がその人と一緒に仕事をしていなくても、その人の音楽や使用したものとか、フォーラムのGearspace(英語)で見つけられるギターエフェクターや昔のラックマウント機材とか全部調べて、俺が気に入った作品の一場面を真似してみることができる。 俺はいつもそうしている。 もしそういう人たちと俺が一緒に仕事をすることになったら、110%の力を注ぐと思ってくれていいよ。だって、それだけファンなんだから。 リサーチといっても予習って感じじゃないし、「今日はキメるぞ」っていう感じでもない。「あ、ずっとこの人だけ聞いていたら、 今、一緒に仕事してるわ」って感じに近い。
技術的な話になりますが、Liveを使うときはテンプレートを使って作業をしますか?
使ってるよ。 俺のテンプレートは、基本的にスタジオの全部が準備された状態にしてあって ギターのチャンネルや、ベースのチャンネルを設定している。 テープマシン用のチャンネルや、カセットデッキ用のチャンネルも設定してるし、 Distressor(英語)、 dbx 560a(英語)、 API 512c(英語)のチャンネルもある。 テープエコーもいくつかあって、Ableton Liveのテンプレートに入っているテープエコーのチャンネル1個と入れ替えられるようになってる。あとは、ドラムのマイクはすべて別々にしている。 だからテンプレートを開くと、全部が出てくるよ。 ギターを弾きたいときは、 そのチャンネルに行くし、 シンセを使いたいときは、 そのチャンネルに行く。 ドラムを叩きたければ、ドラムのチャンネルって感じだね。 でも、たいていの場合、Twitchとかで俺がビートメイクしている様子を見れるし、アーティストからセッションビューでビートメイクしてくれって頼まれたら、そこに行ってSimpler以外を全部削除して、俺がいつもビートメイクしている感じでビートに取りかかる。
でも、この数か月間は初めての機材を使っていて、違うアイデアとか違うアーティストのためにいろんなものを日によって使い分けるかもしれないんだ。だから、それ用にテンプレートを準備してる。「よし、新しいオーディオトラックを作って、 このトラックをどのバスに入れるか調べよう。 コンソールに戻ってやってみよう」みたいなことをその都度やってられないからね。 全部を保存して決めているから、「あ、キーボードをやろうかな」とか 「あ、ここで入っていってみようかな。 ドラムできない? ドラムの生演奏はやりたくないんだ。 何か打ち込んでくれない?」とかってことができる。技術的な部分で足手まといにはなれないね。 だから、すぐに呼び出せるボーカル用テンプレートがあって、人が歌ったりラップしたりするものを処理するときに使ってる。 でも、ほとんどの場合は、全部の機材の設定ができている大規模なテンプレートを最初に使う。 今はLive 11で切り替えがすごく簡単になったね。 使ってみてすぐに、「このテンプレート機能はヤバイ! 」ってなったよ。
メインで使うテンプレートには何トラックが入っていますか?
18トラックあるはず。 悪くないでしょ。 どのトラックにも最後にSimplerをひとつ入れていて、 あとは、外部のオーディオエフェクトに使うトラックもひとつあるけど、テープディレイを使わない場合は、そのトラックを削除してる。
テンプレートではマスタートラックに何か入れていますか?
いわゆるビートメイキングをするときは、ほぼほぼ入れない。 通常だと、ボーカル用テンプレートを開いたときは、歌やラップを乗せるステレオファイルを読み込んで、 それに対して録音してからマスタリングする。 俺のマスタートラックには、何年もかけてDJたちの設定を見て真似したAbletonのデバイスをOxfordのリミッター(英語)と一緒に入れてるね。 もちろん、FabFilter Pro-2(英語)やSSL EQ(英語)も入ってる。 それから、今だとUADのものもしょっちゅう使ってる。 でも、マスタリングしたビートを誰かに送ることはマジで一度もないし、 インストを作っているときはマスタートラックでエフェクトを一度も組んだことがない。リミッターとかコンプレッサーとかサチュレーターがすごくかかっているものだと、たとえデモであっても、そのボーカルミックスをいい音にしづらくなるから。 そうすると、自分の作っているものに愛着を持てなくなって、そこからどんどん落ちていくしかなくなるんだよ。 だから俺はすごく大きい音で、ガツンときて、自分の望む存在感のあるビートを送るようにしてる。 それでも、Pro-Lとかシンプルなリミッターすらマスターにかけることはマジでないね。 かなりクリーンな状態のままにしてる。
でも、それで大きい音になるんでしょうか?
歪まないように可能な限り大きくするんだ。 マスタートラックでメーターが赤くなりだしたら、それ以上は激しくしないようにする。 でも同時に、若手アーティストや、デカい808の曲とかを聞いている人にビートを送る場合、実際のところ、巨大なスピーカーで聞く人もいるかもしれないけど、iPhoneのスピーカーで聞かれることになるだろうから、ふたつの場合を考慮するね。 iPhoneでもしっかり鳴っていて、すごく大きく鳴っているなら、OKってこと。 俺が誰かに何かを聞かせるってことであれば、ラウドネス戦争みたいな心配は全然していない。 でも、世界的なパンデミックじゃなかったら、俺はたくさんのビートを送るタイプじゃないんだよ。 普段なら人のために演奏したり、最初から自分で作ったりしているから、しょっちゅう音量をコントロールする。
この1年で物理的に人と一緒にスタジオに入りづらくなって、どんな影響がありましたか?
俺は今年になってもたくさん音楽をいろんな方法で作っていて、これまでよりも作ってる。 それが、制作を当然のことだと思わないようにする教訓みたいなものになったかも。Zoomで制作する方法とか、画面を共有して作業する方法とかって、俺にはマジでキツい。 インターネット経由で楽曲を一緒に作って通常のスタジオでやれてた場合と比べて遜色ないと感じられたアーティストは2~3人しかいないよ。 だから正直なところ、異常なくらい影響があったね。 でも、そのおかげで、まったく違う方法で音楽に取り組み始めるようにもなった。だって、誰かと一緒にスタジオにいられないんだから。 以前からThe Caveのほかに新しい場所を作り始めていたんだけど、そこはもっと制作に特化したスタジオになる予定で、そうしてできたのが、今俺が座っているスタジオなんだよね。 「ドラムセットを置いて、またドラムを叩こうかな。シンセを置こうかな。キーボードを入れようかな」とかって考えてたんだ。いつもコンピュータばかり使っていたから、 持っていた唯一のキーボードは小さなMIDIキーボードだったし、ギターやベースを録音するときはダイレクトボックスに接続していたよ。 Trash Talkのアルバムを作るまで、20本のマイクでフルドラムセットを録ったことなんてなかった。アンプにつなぐマイクをどれにするかとか、マイクの配置をどうするかとか、マイクのバランスをどうすべきかとか、フェードをどうやって取り除くかとか、初めてだったよ。 そんな質問なんて、2019年の年末まで聞かれたことなかった。
そんなこんなで2020年があって、このタイミングで勉強してみようって思ったっていうか、 こういう生演奏のレコーディングに関することを理解しようって思った。 単に最高のサンプルを手に入れて最高の打ち込みをするってだけじゃない、さまざまな制作スタイルについて、自分の盲点を見つけようって。 シンセ、テープエコー、カセットとか、全種類の機材をひとつずつ見ていって、今にいたっては、16個の入出力が全部埋まっている状態になってるよ。 それで今はもっと広いスペースを探してる。自分の見つけた新しい作業方法だと、ペースが確実に遅くなるんだけど、まったく違う種類の結果を生み出せるからね。 それに、アーティストと一緒にスタジオにいるときは、まったく違う方法を生み出して、みんなのインスピレーションを維持したり、アイデアを始めたりすることができる。 それもこれも、実際に触れられるからなんだ。実際にノブを回して、実際にRhodesを演奏することができるから。単にMIDIキーボードがあるのとは違う。 これまで機材を必要とする人間じゃなかったんだけど、使い方を知らなくていつも恥ずかしかったし、 録音のやり方を知らなくて恥ずかった。 それに、ギターをつなげても一度も正しく鳴ってなかった。 それでアーティストと一緒に制作したり、何かをやる機会があったりしたあと、2020年になって「よし、今はスキルがほとんどないけど腕をさらに磨いて、次にスタジオ入りしたときに意見を言えるようになろう」って思ったんだ。 次回、死んでも一緒に仕事をしたいと思っている人たちとやることになったときは、勉強した基本的な知識からわかることがあるから、みんなの望む音楽を作りやすいし、みんなにとって役立てるよ。 俺のこの1年は、そういうことに注力してきた。 俺のTwitchの視聴者は、その苦労ぶりを全部見ているから、それが何人かの役に立っていたらうれしいね。
その話、聞いたことがあります。 そうすると、機材や機材選びに対してのアプローチは、自分の創造性を刺激するものへの欲求にもとづいているんですね。 特定の機能を持ったものを探すっていうよりも、自分を刺激してくれるものを探しているっていう。
自分の機材の購入について説明するなら、“見て盗む”という言い方が一番しっくりくる。 尊敬するすばらしい人たちとか、俺が大ファンになっている人たちのレコードが作られている映像や写真を見ていると、視界の隅に何かが見えてくるんだ。 「あ、これはすごい。 あれを使ったんだ。うわ、これってあのレコードのやつなの? えー、この人が立っている隣にあるのって、あのアンプじゃん。 ってことは...」って感じで集めたのが今持っている機材なんだ。 自分の聞いたレコードで使われたものがわかったから、それを持っている。 何か特定の機能があるからとか、機材レビューサイトでこれがこれよりいいって言ってたから持っているんじゃない。 自分の好きなものであの変な機材が使われていたとか、この機材が何かしらで使われていたとか、そういう理由で機材を持っている。
このインタビューで「俺はこのヤバイ機材を持っていて、すごいスピーカーを使ってるんだぜ」みたいに思われたくないな。そういうのじゃまったくない。 大事なのは、何を使っているかを知って、それをうまく使う方法を知ることだよ。 俺の場合、10年間、12年間、13年間とかくらいは、ラップトップでビートしか作ってなかった。 そろそろシンセを1台持ちたいと思うようになったから、 鍵盤をもっと上手に弾かざるをえなかったし、 ドラムセットにマイキングするようになったから、ドラムをもっとうまくならざるをえなかったんだ。 そうやって最終的に機材のせいでペースが遅くなったら、それまでやっていたことに戻ればいい。 Omnisphereが入っているチャンネルがひとつと、いくつかのプラグイン、あとサンプルのライブラリがあれば、俺は何でもできる。 仕事を片づけるためだけなら、ほかのものは必要ない。 だから、ほかのものはボーナスなんだよ。 いいスピーカーを持つのもボーナスだし、 いい音のスタジオで仕事できるのもボーナス。 ハードウェアの機材を持つこともボーナスだね。 インターフェイスを持っているのもボーナスだよ。 少なくとも月に1回も使っていない機材があるなら、手放したほうがいい。 それを使ってくれる人にあげるか、売るか、処分するかしないといけない。 役に立てなきゃいけないんだよ。無駄に大量の機材をもっていたくない。 僕はさらに優れた音楽を作りたいだけなんだ。
Blumeのキャリアが始まって以来、彼はツールやテクニックの範囲を大幅に拡大している。まずリスナーとして音を知り、ガイド役として制作を進行することに努める姿勢は留まることを知らない。 大変そうかもしれないが、その活動は好きという気持ちから生まれており、制作に没頭し、インスピレーションになった人たちに注意深く耳を傾けて応答することで得られる充実感を思い出させてくれる。 そしてBlumeは、それを特定の印象で打ち出すことに関心を持っていない。簡単そうに見せることもなければ、難しそうに見せることもなく、高い安いも関係ない。おしゃれに見せることもない。 関心があるのは、そんなクソなことから距離を取って考え過ぎるのを止めたとき、本当に望むものを実現するために必要なこと。つまり、いい音楽だけなのだ。
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文/インタビュー:Daniel Krishnan
Daniel Krishnan:世界中の音楽制作者の意欲を刺激するメディアプラットフォームProgram Changeの創設者。