【レポート】Web担当者Forumミーティング 2016 Autumn

「お客様が買う理由」をいかに作るか、マーケティングとは、価値を作ることだ!

マーケティング戦略には、ニーズの先どり、つまり価値を作って伝えることが必要だ

「マーケティング」という言葉にはいろいろな定義がある。ウォンツアンドバリューの永井氏は「マーケティングとは、そもそも価値を作ること」だと言う。かつては消費者・顧客のニーズに対応していればよかったが、変化の激しくなった今はそれでは追いつかない。そこで、マーケティング戦略には、ニーズの先取り、つまり価値を作ってユーザーに伝えることが必要になった。

永井 孝尚氏
ウォンツアンドバリュー株式会社
代表取締役
永井 孝尚氏

「Web担当者フォーラム2016秋」における「お客様が買う理由を、いかに作るか? 『ニーズ対応』から、『ニーズサキドリ』への変革」セッションで、価値づくりのヒントとして、長野県阿智村の地域興しについての永井氏の著書「そうだ、星を売ろう」を題材に、自分たちの強みの見つけ方やバリュープロポジションの考え方などを紹介した。

モノ発想からコト発想へ

阿智村の地域興しは観光の取り組みだが、製造業やサービス業にも共通の課題があるという。それは、「モノ発想からコト発想への転換」が必要ということだ。

モノ発想とは「温泉は安さで選ぶ」とか「AとBを比較して、安い方にする」といった考え方だ。何かを基準にして、比較しているのだ。

コト発想の場合、これが「これでなければダメ」となる。たとえばディズニーランドだ。比較の対象がなく、他に代替するものがない。

製造業でも、「他には替えられない、新型が出れば必ず買う」という製品がいくつかある。この「コト発想」に転換するためのヒントを、永井氏は阿智村の例で紹介した。

阿智村は、南信州の深い山の中にある小さな村だ。1973年に温泉が湧いて、昼神温泉という温泉街ができた(ホテル、旅館が20軒程度)。おりしも日本は高度成長期、中央高速道路が名古屋まで開通した時期だ。1990年頃までは宿泊客が伸びていたが、2005年頃から急激に衰退を始めた。2010年頃にはこんな状況だった。

  • 当初、中京圏の法人団体客で男性がメインだったが、それが大きく減少した
  • 温泉客は概ね喜んでいるが、リピーターにならない(次は別の温泉地に行ってしまう)
  • 観光担当は、「実は、温泉郷の広告に使うネタにも困る」のが実情だった

これに危機感を持った阿智村観光協会の松下仁氏とJTBの武田道仁氏の2人は、何か売り物になるものはないかと考えた。いくつか思いついたものの、「これぞ阿智村ならではの強み」というものがなかった。たとえば、

  • 美肌の湯
    →温泉は全国で3000カ所あり。「美肌の湯」も多い

  • 規模日本一の花桃の里
    →咲くのはゴールデンウィーク明けの2週間。1年通じて売り物にならない

そんな中、世間話をしているとこんな話が出た。

スキー場スタッフが夏に星空を見て楽しんでいるらしい

温泉郷は標高800mくらいにあり、ロープウェイで15分ほど上がるとスキー場がある。そこで見る星空は非常に美しかったのだ。2006年に環境省が「日本一の星空」と認定していたこともわかった。「これなら売り物になるかもしれない」と、翌2012年から「天空の楽園☆日本一の星空ナイトツアー」を開始した。

結果的にこのプロジェクトは成功したのだが、それは阿智村の星が、本当の強みだったからだ。

強みは何か、VRIOで検証

マーケティング理論に、本当の強みかどうかを検証する「VRIO」という理論がある。顧客にとって価値があり(Value)、希少であり(Rarity)、模倣が困難であり(Inimitability)、組織体制がある(Organization)。これらの頭文字をとったものだ。すべてがYesなら本当の強みということだ。

このVRIOの考え方は、自社製品・サービスの強みを考えるときにも役立つ。

先述の「美肌の湯」や「日本一の花桃の里」を当てはめてみると、「美原の湯」は顧客にとっての価値はYesだが、希少さや模倣困難さがYesにならない。「日本一の花桃の里」は逆に希少性や模倣困難性はYesだが、期間限定なので顧客にとっての価値は今ひとつだ。

「日本一の星空」は、顧客にとっての価値、希少性、模倣困難性はともにYesだ。しかしまだ松下氏と武田氏の2人だけの思いつきなので、組織体制がYesにならない。しかし、V、R、Iの3つは人はなかなか変えられないが、O(組織体制)は人が変えられる。そこで2人は組織体制つくりをスタートさせた。

しかし最初から順調だったわけではない。当初は賛同する人もごくわずかだったし、ツアー参加客も少なかった。しかしその数少ない顧客の反応がまったく違った。

  • 「すごかった」
  • 「きれいだった」
  • 「感動した」

通常の温泉旅行では考えられない感想だったのだ。

さらにさまざまな取り組みを継続的に行い、集客は次第に伸びていった。初年度の2012年の集客は6500人だったが、これが2015年には6万人にも伸びた。かつて、昼神温泉のホテル・旅館は値下げ競争をしても満室にならなかった。今では、星空ナイトツアー付きの部屋の空き室をホームページに出すと、一瞬で埋まる状況になったという。

成功のポイントは、地域の強みとJTBの強みを掛け算したことだ。地域は地域ならではの強みを持っている。しかし阿智村では星がキレイなのは当たり前であるように、地域に住んでいる人にとっては地域の強みは当たり前になっているためになかなか気がつかない。一方でJTBは旅行代理店として顧客と一緒に旅をし、どのようなことに感動するを肌で知っている。このため、旅行者目線でコンテンツの目利きができて、何が売り物になるかを提案できるのだ。

「バリュープロポジション」とPDCAのらせん

阿智村では、地域の強みとJTBの強みを掛け算することで、「お客様が買う理由」を作り出した。しかし「お客様が買う理由」を作る上で、2つの落とし穴がある

①プロダクトアウト

初めは「お客様のために」とやっていたことが、いつの間にか製品中心になってしまうことがある

たとえば携帯電話は、当初はとても大きく重たい物だったが、顧客ニーズに沿ってどんどん小型軽量化した。今では、最も薄いスマホは厚みが4.75mm。コンマ何ミリを競い合っている状況だ。しかし、その差はユーザーにとってはさほど意味がない。

ユーザーの要望を満たすために始めたが、いつの間にか顧客不在のスペック競争に陥っているのだ。

②顧客の言いなり

しかし顧客の言いなりでもいけない。たとえばテレビのリモコンには多くのボタンがある。ユーザーの数多くの要望を取り入れた結果だ。しかし、日常的に使うボタンは限られているし、使いづらいものになってしまった。

本当に「お客様が買う理由」を作るために必要なのは、製品中心に考えず、顧客の言いなりにもならずに、顧客のニーズを先取りすることだ。そのためには、顧客が欲しいと望んでいて、かつ、ライバルが提供できないような価値を提供することが必要だ。

これが「お客様が買う理由」となる。図では、緑色の部分だ。マーケティング用語では、「バリュープロポジション」という。

「お客様が買う理由」とは何か

「お客様が買う理由」を作るには、次のようなフレームワークで考えることが必要だ。

  1. 取り組む事業は何か?
  2. 自分たちの強みは何か?
  3. 強みを必要とするお客様は誰か?
  4. お客様が必要とすることは何か?
  5. お客様が自分たちを選ぶために必要なことは何か?

まずは自社の強みは何かを考える。そして、その強みを必要としている顧客は誰かと考え、そのターゲット顧客の課題は何かと考える。ターゲット顧客の課題によっては、自社の強みが足りないこともある。その場合は自社の強みを強化することを考える。

この5つが、具体的かつ関連し合っていることが重要だ。阿智村の場合にあてはめると、次のようになっている。

「お客様が買う理由」を作る、阿智村の場合

ここでとても大切なことがある。ここで考えたのはあくまで仮説であり、答えではない。③④⑤については、実際にリアルな顧客で検証しなければならない。仮説検証、つまりPDCAを回すことが必要だ。

PDCAは、円ではなく、螺旋状に伸びていくとイメージするといい。数多く失敗し、学びを蓄積することがとても重要なのだ。この失敗の積み重ねによる学びが、差別化になる。上手に失敗するためのポイントは3つある。

  • 新しいことを試す。ただし、挑戦に失敗はつきものであると覚悟しておく。
  • 失敗しても大きな問題にならないようにする。実験規模を見極めギャンブルを避ける。
  • 失敗を失敗と認める。失敗を認めなければ、学ぶことはできない。

新しいことに挑戦し、大きな問題にならない小さな失敗を積み重ねる。また、犯人捜しはしないのも重要だ。誰がいけないかではなく、何がいけなかったのかと考えるようにすべきだ。

講演の最後に、永井氏は「阿智村の本当の強みは、『日本一の星空』なのか?」と問いかけた。「日本一の星空は象徴でしかない。本当の強みは人だ」と永井氏は言う。阿智村は「星空エンターテイメント」のために専門家を呼んできたわけではない。昔から村にいた人たちが、さまざまな取り組みを行っている。

彼らが生き生きと働いているのは、人々を動かす「星空エンターテイメント」というビジョンを作り、目の前に喜んでいる顧客を生み出したからだ。多くの人にとって、仕事をしていて嬉しいと思うのは、目の前の顧客が喜んでくれた時だろう。顧客が喜ぶのは、価値(お客様が買う理由)を提供したからだ。そうして、「志」も次第に生まれてくるのだ。

モチベーションには3段階ある。

  • 生き残るために頑張るのが「モチベーション1.0」
  • 目標達成のために頑張るのが「モチベーション2.0」
  • 自分がやりたいからやるのが「モチベーション3.0」

「モチベーションを高めろ」と言うことがあるが、これはモチベーション1.0と2.0の世界だ。自分がやりたいからやるモチベーション3.0では、「モチベーションを高める」という発想が、そもそもない。

モチベーション2.0が有効な世界もある。定型業務だ。一方でアイデアを出すなどの知的生産性が高いのはモチベーション3.0だ。好きなことをやっていればアイデアも湧いてくる。現代は知識社会。アイデアが勝負をわける。だからモチベーション3.0が求められているのだ。

そして、実はチャンスはどこにでもある。気がつかないうちに、私たちの周りに雨のように降っている。それを見つけるために必要なのは「危機意識と、行動と、志」なのだ。

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