理化学研究所(理研)、京都大学(京大)、東京都健康長寿医療センターの3者は9月11日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やインフルエンザなどのウイルス遺伝子を「1分子」レベルで識別し、高速で検出できるポータブル遺伝子検査装置を開発することに成功したと共同で発表した。
同成果は、理研 開拓研究本部 渡邉分子生理学研究室の渡邉力也主任研究員、同・安藤潤研究員、同・篠田肇研究員、同・飯田龍也テクニカルスタッフI、同・牧野麻美テクニカルスタッフI、同・吉村麻実テクニカルスタッフI、同・向後泰司コーディネーター、京大 医生物学研究所の野田岳志教授、同・中野雅博助教、東京都健康長寿医療センターの豊田雅士研究副部長らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。
現在、ウイルス感染症の感染診断では、主にウイルスのタンパク質抗原を検出する「抗原検査法」とウイルスRNAを増幅して検出する「PCR検査法」が利用されている。抗原検査法は30分間程度で迅速かつ簡便にウイルスを検出できることからスクリーニングには適しているが、「感度」(陽性のものを正しく陽性と判定した割合)や「特異度」(陰性のものを正しく陰性と判定した割合)の低さに起因する検出エラーの多さが課題となっていた。
一方のPCR検査法は感度が優れ、確定診断に適しているが、検出の前処理に最短でも1時間ほど必要とし、大量の検体を迅速に解析し、診断につなげることが難しい。そのため、PCR検査法の「感度の高さ」と、抗原検査法の「迅速・簡便さ」を両立させた新しい検査法の開発が望まれていた。
この背景を踏まえ、研究チームは2021年に非増幅遺伝子検査法「SATORI法」を、2022年にはSATORI法を実装した全自動遺伝子検査装置「opn-SATORI」、および小型装置「COWFISH(Compact Wide-field Femtoliter-chamber Imaging System for High-speed digital bioanalysis)」を開発。これらの検査装置では、酵素「CRISPR-Cas13a」と微小試験管を集積させたマイクロチップを用いることで、ウイルスの遺伝子を「1分子」レベルで識別し、9分程度という短時間での迅速検出が可能となる。検出限界値は1.4コピー/マイクロリットルで、PCR検査法とほぼ同等であり、新型コロナウイルス感染症の臨床検体を用いた検証実験では、陽性判定および変異株判定において、感度と特異度が共に95%以上を達成していた。
しかし、開発された装置は最も小型のCOWFISHで横幅35cm×奥行45cm、重さ20kgだったため、臨床現場へ持ち運び、即時検査に対応することが困難な状況だったとのこと。そこで、COWFISHをさらに小型化した、より小型・軽量なSATORI法による検査装置の開発を試みることにしたという。
COWFISHの蛍光検出/電子制御パーツなどが一から再設計され、横幅14cm×奥行22cm×高さ14cm、重さ4kgの「COWFISH2」が開発された。COWFISHと比較して、設置面積比で5分の1以下、重量比で6分の1以下という、大幅な小型化・軽量化を達成。さらに、装置の低コスト化(COWFISHの3分の2以下、構成部品の総額は80万円程度)も実現し、電動ステージを実装することで、新型コロナウイルスとインフルエンザA型/B型など、複数の感染症を対象とした、最大4項目の多項目遺伝子検査が実施可能となった。
そして実際に、臨床現場即時検査として、COWFISH2を東京都健康長寿医療センターへ持ち込み、COVID-19、インフルエンザA型などの臨床検体を用いた検証実験が行われた。すると、陽性判定において感度94%、特異度98%が達成された。
研究チームは今後、検出できる遺伝子のレパートリーを増やすことで、感染症から基礎疾患に至るあらゆる疾患を対象とした、次世代の遺伝子検査装置としての実用化を目指し、国内外の研究機関・民間企業との共同研究を推進中としている。