岩手県盛岡市の居酒屋で、閉店後に男が押し入って暴れた事件で、店主が被害届を出さないとX上で発表したところ、賛否両論が飛び交っている。店主は、加害者の男と念書を交わし、二度と店に出入りしないことなどを条件に被害届を出さないことにしたという。だが、ネット上では、ほかに被害を生まないためにも処罰すべきなどとして、警察に被害届を出すように要求する声が多発。当事者間で終息した問題にもかかわらず、ネット上では火種がくすぶる異様な状況だ。弁護士に、念書や被害届について見解を聞いた。
事件の発端は9月19日午前4時ごろ、岩手県盛岡市の居酒屋「炭火焼 鳥八 分店」で、閉店直後に男が来店し、ビールを出すよう要求。閉店したことを説明して断ると、男は激高してイスを投げ飛ばしたり、店主を十数回殴った。店員が通報し、警察が事情聴取したが、男は酒に酔って何も覚えていないと主張したという。
被害に遭った店主は、同業者への注意喚起を込めて、男が暴れる様子を収めた動画をXで投稿。インフルエンサーが情報拡散させたこともあってネット上で注目を浴び、さまざまなメディアも取り上げて社会の関心を集めた。
店主は警察立ち合いのもとで、男と面談したものの、まったく反省する様子がなかったことから怒りを覚えたが、時間や労力を考えて被害届を出さないことにした、とやるせない思いをSNSで吐露している。店主は「被害届は出さない」との結論に達した経緯と、男と交わした念書を公開。そこには、以下のように記載してある。
「SNSに挙げている、事件の一部始終を記録した動画を消しません
また、テレビの取材等では、個人情報以外は、細かく、また積極的にお伝えします
この度起きたことについては、私の労力や時間のことも考え、被害届けは提出しません
上記内容を理解してください。そして二度と当店には出入り禁止とします。
当店や当店周辺であなたを目撃するようなことや、そのような情報提供があった場合には、再度警察に連絡します」
つまり、「投稿した動画は消さない」「メディアが取材に来たら個人情報以外は出す」「被害届は出さない」「店には出入り禁止」という内容で、店側から男に向けた念書だと考えられる。一方で、「刑事さんと共に考え、相手に理解と同意を得た念書があります」と発信していることから、相手もこれに同意したとみられる。
念書の法的拘束力は? 訴えたら処罰は可能?
これで一件落着かと思われたが、店のSNS上には「被害届を出すべきだ」との書き込みが続々と寄せられている。実は周辺のほかの店でも、男はトラブルを起こしているようで、今後の被害拡大を防ぐためにも被害届を出すべきとの見解もある。
もちろん、被害届を出す、出さないは店主の意向次第ではあるが、念書で「被害届を出さない」と記載してあるものの、その法的拘束力を疑問視する向きもある。念書を反故にして被害届を出すことは可能なのだろうか。また、仮に被害届を出した場合、問題を起こした男はどのような処罰が考えられるのだろうか。さらに、念書には「労力や時間を考え被害届は出しません」とあるが、被害届を出した場合、被害者はどれほどの労力を要するのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士に解説してもらった。
「この『念書』という書類は、いつ、誰が誰に提出したものなのか(実際に相手方に手交したものなのか)が不明瞭なので、『法律上、こういうことが禁止される』『禁止されたことをしたら必ずこうなる』といった効力が発生するかどうかは不明瞭です。
そもそも『被害届』の提出とは、『犯罪事件によって被害が発生したこと』を届け出るだけのことであり、『この人を罰してください』という意思表示である『告訴』とは異なります。
告訴の場合、告訴することを放棄した後(告訴しないことを約束した後)に告訴しても、捜査機関は取り合いませんが、被害届の場合、いつでも提出できます。
なお、被害届を提出するだけなら、警察から事情聴取される程度なので、困惑するほどの労力や時間をとられるということは考えられません。
被害届だけでは捜査は始まりませんが、被害者の犯人を処罰して欲しい意思が確認されたなら、住居侵入罪(3年以下の懲役など)や暴行罪(2年以下の懲役など)などが成立するでしょう」
被害届は、いつでも出すことは可能というわけだ。だが、店主は続けてX上に投稿し、「SNSを通じ、皆様のお力添えもあり、十分な制裁となったのではないでしょうか」と投げかけ、これ以上の制裁は不要との見解を示している。さらに、「相手の人間的な特徴や境遇によっては、法が裁けない場合もある。怒りや執念をソコに燃やし時間を費やすくらいならば、私は『焼鳥』や『仕事』に時間と力を注ぎたい。お客様に『美味しい』を目指したい」と綴り、時間や労力をトラブルの相手ではなく、仕事に注ぎたいとの思いを説明。店のファンたちからは、賛同する声も多く寄せられている。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)