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デノン、予想を超えるサウンド“第二の旗艦”AVアンプ「AVC-A10H」を聴く。A1Hとどう違う?

A1Hに次ぐデノンの旗艦モデル「AVC-A10H」

AVC-A1Hより手が届きやすい、AVアンプ「AVC-A10H」登場

2023年の発売当時、99万円だったデノンのフラグシップAVアンプ「AVC-A1H」がこの秋値上げされ、121万円となった。近年のパーツ、デバイス、輸送費の高騰、それに円安が値上げの要因であることは間違いないだろう。一方でほぼ同時に登場してきたのが、A1Hに次ぐデノンの旗艦モデル「AVC-A10H」(77万円)だ。

ぼくは自室にAVC-A1Hを発売から間もなく導入し、圧倒的なドライバビリティ(スピーカー駆動力)をはじめとする本機の実力の高さに驚かされてきた。ぼくがピュアオーディオ用に使っている独オクターブのJubilee PreとMRE220というモノブロック・パワーアンプの組合せに比べても、A1Hはこと“スピーカーを歌わせる”という能力の関して言えば、音色とか音の佇まいの好みは別にして、大きな違いを感じさせないのである。このオクターブのペア、相次ぐ値上げで現在4ケタ万円もするのだが……。

自室のAVC-A1H
MRE220

では発売されたばかりのA10HとA1Hの音はどれほどの違いがあるのだろうか。熱心なホームシアター・ファンが気になるであろうその疑問を解き明かそうというのが、ここでのテーマだ。

A10HとA1Hはどう違う?

A1HとA10Hの違いでまず挙げられるのが、内蔵アンプのチャンネル数。A1Hが15ch、A10Hが13chだ。

A10H内部にある差動1段のAB級リニアパワーアンプ回路。13ch分搭載している

もっとも家庭用のAVアンプの場合、フロアチャンネルを7.1ch構成にしてオーバーヘッド(トップ)スピーカーを3ペア6本設置できる13chで十分だと思う。また、15ch構成ならフロントワイドのL/Rスピーカーを鳴らすことが可能だ。

AVC-A1H
AVC-A1Hの内部
AVC-A10Hの内部

それからA1HがA10Hを大きく凌ぐのが電源回路の規模と筐体設計だ。アナログ音声回路基板用に両モデルともにアナログ・リニア電源回路が採用されているが、そのキモとなる電源トランスの容量が異なり、A10HはAVC-X8500H、AVC-A110と同サイズの8.1kgのものが、A1Hは11.5Kgの巨大なトランスが採用されている。全体質量はA10Hが23kgで A1Hが32kgだ。ボディを支えるフットは、A10Hが樹脂製、A1Hは鋳鉄製である。

AVC-A10Hに採用されている電源トランス。これだけで8.1kgある

筐体構造も違う。強力な電源部をしっかりと支えるためにA1Hの底板は厚みのある鋼板の3層構造が採られている。A10Hは3層だが、鋼板はA1Hと比べると0.4mm薄い。音質阻害要因となる振動の悪影響を抑えるために、A10H以上により堅固な構造が採られているのである。

しかしながら、A10HはA1H開発後に手掛けられたモデルだけに、進化ポイントもある。それがプリアンプ部で、シグナルパスの短縮化が図られたのである。加えてプリ部と電源��路の間に珪素銅板を含む3層構造の遮蔽版が設けられ、ノイズの飛び込みにも注意が払われている。これはA1Hにはなかった手法だ。

電源トランスの奥に見えるのが珪素鋼板とスチールプレートを組み合わせたシールド

A10HとA1Hを聴き比べる。まずはステレオで

10月某日、川崎市のD&M本社試聴室に出かけて、両モデルの音質比較をすることにした。

用いるスピーカーはB&Wのフラグシップ・モデル801 D4をはじめとする7.2.6構成のイマーシブ対応サラウンド・システムだ。

801 D4などを使った7.2.6構成

試聴テストには、デノンのサウンドマスター山内慎一さんが立ち会ってくださったので、最初にA10H開発の心構えというか音決めの方針を聞いてみた。

「A10Hは当初A1Hの音を目標に開発を進めていきました。当然ながらA1Hほどのコストはかけられないのですが、そのスケールダウン・モデルにはしたくなかったんですよ。A10Hならではの新たな価値観を付与したいと思いました。それが“音の純度”と“空間再現性”です。パーツの組合せや取付ネジ等をいろいろ試して、その目標に近づけるべく音質チューニングに励みました」とのこと。

デノンのサウンドマスター山内慎一さん

まず2チャンネルCDとSACDを用いて、A10HとA1Hのアナログ入力の音を聴き比べてみる。再生プレーヤーはデノンの新製品DCD-3000NE、スピーカーはB&W 801 D4だ。

世界的なマスタリング・エンジニアのオノセイゲンがリマスターし、コンパイルしたSACD『Jazz,Bossa and Reflections Vol.1』からオスカー・ピーターソン・トリオの演奏「You look good to me」を聴いてみた。

名録音の誉れ高いトラックだが、両モデルともハイエンドオーディオの香りすら漂うすばらしい音を聴かせる。軽快に弾む感じ、グルーヴの表現はA10Hのほうが好ましいかも、という感じだが、冒頭のベースの弓弾き(アルコ奏法)の低音の伸び、量感の豊かさはA1Hが明らかに上。安定感に満ちたその盤石なサウンドは、先述した物量投入のタマモノだろう。

デヴィッド・クロズビーのCD『Here If You Listen』から、デヴィッドが若いミュージシャン3人と見事なコーラスを繰り広げる「GLORY」を再生してみたが、録音現場のエアーを実感させるスペイシャスでクリーンな表現は、A10Hのほうが好ましい印象。なるほど山内サウンドマスターの狙った音に見事にフォーカスされている感じだ。

ただし、ミッドローからミッドにかけての充実度、声の帯域の厚みのある表現はA1Hの独壇場。聴き応え満点だ。

ポール・ルイスが弾いたCD「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番<皇帝>」の第2楽章を聴いてみると、冒頭の弦5部のハーモニーがA10Hはやや薄く感じられる。対するA1Hはとても濃厚で力感に満ちた表現。ぼくならA1Hの表現に軍配を上げるが、この音は濃厚過ぎる、A10Hの聴かせ方のほうがしっくりくるという方もいらっしゃるのではないかとも思う。

いずれにしてもA1Hは排気量5,000ccクラスの重量級サルーンカー的な味わいで、A10Hはコーナリング性能のよい3,000ccクラスのスポーティなクルマって感じだろうか。

AVC-A1H

マルチチャンネルでの違いは?

では、OPPO UDP-205を再生プレーヤーに用いて、7.2.6構成のDolby Atmos再生で両モデルの音を比較してみよう。スピーカーの構成は、フロントL/R用がB&W 801 D4、センター用がB&W HTM1D3、サラウンドL/R用がB&W 802D3、サラウンドバックL/R用がダリHELICON W200、トップスピーカーがB&W CCM362(×3ペア)、サブウーファーがB&W ASWDB1(×2基)というゴージャスなラインナップだ。

まず再生したのがUHDブルーレイ『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』。アムステルダムの隠れ家でトム・クルーズ演じるイーサンと組織の新顔の男との会話シーンで始まるチャプター2を観たが、このダイアログの聴かせ方が好対照で面白かった。

A1H、A10Hともに肉声の生々しさが抜群なのだが、声の凄み、コクがあるのがA1Hで、A10Hは声のキレを訴求するキャラクターだということがよくわかった。背景音の描写は両モデルほぼ互角。ともにローレベルのリニアリティに優れる。

砂��とその後の銃撃場面。トップスピーカーを用いた3次元的な音の広がりはどちらもすばらしいが、銃撃音のドキッとさせる迫力はA1Hの勝ち。断然怖い。

『ブレードランナー2049』。廃墟の街、サンディエゴの孤児施設へと飛行する場面のトップスピーカーを活かした立体的な音場表現は両モデルともに秀逸の極み、甲乙つけがたい。軽快な飛行音のA10H、重みのある飛行音のA1Hという違いはある。

AVC-A10H

予想を上回るA10Hは大谷翔平?

というわけで、A10Hの予想を上回る健闘ぶりに驚かされた今回のテストだったが、最後に聴いた『ピンク・フロイド/狂気』の50周年記念Dolby Atmos BDオーディオ盤は、A1Hの迫力に満ちた3次元音場の凄さに圧倒される結果となった。

リスナーの上方を360度方向にかけまわる足音やささやき声、後方から前方へ移動する飛行機の轟音、リスナーをぐるりと取り囲む時計の音など、緻密にミックスされた効果音の一つ一つのリアリティが断然A1Hが勝る印象なのだ。加えて重低音の凄みもA1Hに軍配が上がる。

A10H再生時にサブウーファーのレベルを少し上げれば同じような印象になるかと思ったが、どうやらそうではないようだ。全帯域にわたってA1Hがもたらすエネルギー量が圧倒的に凄いのである。

A10Hの仕上がりの良さとA1Hの威風堂々とした本格サウンドの魅力を改めて思い知らされた今回の取材だったが、最後に山内サウンドマスターに「A1HとA10Hを何かにたとえるとしたら、どう表現しますか」とムチャぶりしたところ……。

山内さんはやや困った顔で「A1Hはアーロン・ジャッジで、A10Hは大谷翔平ですね」と即答。

A10Hはホームラン数(パワー)ではA1Hの後塵を拝するが、盗塁数(俊敏さ)では勝てると山内さんは言いたいのだろうか。なるほどなるほど。

加えて「AVC-X6800はムーキー・ベッツ……かな」と山内さん。あ、これもうまい。山内さんのMLB好きも発覚した興味深い取材でした。

山本 浩司

1958年生れ。月刊HiVi、季刊ホームシアター(ともにステレオサウンド刊)編集長を務めた後、2006年からフリーランスに。70年代ロックとブラックミュージックが大好物。最近ハマっているのは歌舞伎観劇。