産経「違法ダウンロード激増、音楽配信も急ブレーキ」記事がかなり眉唾な件

法改正も意識不変 違法ダウンロード激増、音楽配信も急ブレーキ - MSN産経ニュース

話の筋としては、携帯向け音楽配信が天井を打ったことの原因は違法ダウンロードにあり、みたいな感じ。この記事を読んで思ったことをつらつらと。個人的には、携帯向け音楽配信が市場として飽和したんじゃないのかなと思っている。

17年から取り始めた統計によると、売上高ベースで18年は対前年比56%増、19年同41%増と急激に市場を拡大したが、昨年はほぼ横ばい。数量ベースだと0.2%減と調査開始以来初の減少に。市場の牽引(けんいん)役だった「着うた」の売上高は、20年も21年も前年同期比19%減と大幅に減少した。

ブレーキの原因について同協会は「違法サイトからの無料ダウンロード」をあげ、「18年の調査で、違法ダウンロードの総数は有料配信より1億4500万件も多い年約4億7千万曲だった」と明かす。一番安い「着うたフル」(1曲約200円)に換算すると約940億円が闇に消えた計算で、「その後もさらに増えているだろう」。

法改正も意識不変 違法ダウンロード激増、音楽配信も急ブレーキ - MSN産経ニュース

突っ込みどころが多々あるのだが、とりあえず、1つ1つ見ていくことにする。

「着うた」セールスの下降

市場の牽引役とされる「着うた」のセールスが下がった件だけれども、確かに2007年を境に減少傾向にある。ただ、これは「着うたフル」セールスの増加と交差しているのだろうと思う。

これについては、RIAJが発刊した「日本のレコード産業2010」に記載されているグラフなどを見てもわかるだろう(黄色が着うた、濃いオレンジが着うたフル)。


日本レコード協会 「日本のレコード産業2010」より

2007年以降、配信数量全体で見れば大幅な変動はなく、天井を打った感はあったが、着うたから着うたフルへの移行があったため、2008年くらいまではセールス的には上昇していた、とも言える。全体としてみれば、もう飽和した、と言えるんじゃないだろうか。少なくとも、急ブレーキではないよね。

追記

この辺について、津田大介さんがTwitter上でコメントしていたので、転載。

昨日の配信の伸びが横ばいって話は単純にフル対応端末普及率の問題って話もあるんだよね。伸びが顕著だった06年〜07年頃はフル対応端末の市場普及率が全体の2割〜4割くらいしかなかった。その後買い換えが進んでフル対応端末が市場に普及しきったのと同じくらいにフルの伸びも飽和してるという。

Twitter / 津田大介

以上、追記終わり。

余談だが、このグラフを見ると、Ringback tunes(いわゆる待ちうた*1)もかなり成長している。ただ。RIAJ発刊の2009年度「音楽メディアユーザー実態調査」では、その利用者割合は2%程度とされており、ちょっと謎だったりする。

18年調査で違法ダウンロード総数は年間約4億7千万曲?

この数字については、基になったデータの見当がつかない。一応、RIAJのコメントとして出された数字ではあるのだが、平成18年版である「違法な携帯電話向け音楽配信に関するユーザ利用実態調査 2006年版」だと年間約2億8700万曲と推定されている*2。桁が違うわけではないが、かなりの開きがある。

2007年、2008年の違法着うた・着うたフルの違法ダウンロード総数は、それぞれ3億9,926万曲4億714万曲*3。この期間の違法サイト利用率、違法着うた/フル月平均DL数を見ても劇的に変化した感は無いしね。


RIAJ「違法な携帯電話向け音楽配信に関するユーザ利用実態調査」より

闇に消えた約940億円

18年調査で「年約4億7千万曲」が違法ダウンロードされていたのだから、「一番安い『着うたフル』(1曲約200円)に換算」すると、「約940億円が闇に消えた」ことになるらしい。

著作権侵害の推定被害額ほどうさんくさいものはない - P2Pとかその辺のお話@はてな

言いたいことの半分は上記のエントリに書いたのでそちらを参照してもらうとして、もう半分は、RIAJの調査では、着うたと着うたフルの推定違法ダウンロード数を個別に算出しており、5割弱は着うたなんだよね。そこをあえて着うたフルのみとカウントして換算するのはちょっといただけない*4

「相変わらず利用者に罪の意識がほとんどない」は本当か?

これは関係者の発言として上記記事に書かれていたのだが、これについては、RIAJ調査の「後ろめたさ」の項目が対応するだろう。この項目に関して2006年〜2008年調査までをまとめてみた。この項目は、現在*5も違法ダウンロードしているというユーザの回答である。


RIAJ「違法な携帯電話向け音楽配信に関するユーザ利用実態調査」より
いずれの時期においても、後ろめたさを感じているのは全体の半数を大幅に下回っており、罪の意識が低い状況あることは推測できる。ただ、後ろめたさを感じる割合に増加傾向が示されていることは注目すべきなのかもしれない。規範醸成のためには、ユーザは全然モラルがない、というよりも、モラルあるユーザは増加傾向にある、と強く呼びかけた方が良さそうな気もするのだが。

4億7千万曲から「さらに増えている」?

既に4億7千万曲という数字自体が疑わしいことはお話したので、その意味で「全然違うよ」、というのはややいじわるか。まぁ、増加傾向にあるのか、減少傾向にあるのか、変化なしなのか、ってことを少し考えてみる。

結論から言うと、これを確認できるデータは見当たらなかった。RIAJは2008年まで違法着うたの実態調査を行なっていたのだが、2009年以降の調査はない。もし、この辺がわかる調査についてご存じならご一報いただけるとありがたい。

私の観測範囲に限っての話かもしれないが、大手違法着うたサイト「第(3)世界」の摘発など、「違法サイト撲滅」活動は一定の効果を見せているのではないか、と思うのだが…。

違法着うたの場合、P2Pファイル共有と異なり、「第(3)世界」のようなサイトであれ、ワンタッチBBSのようなアップローダ機能つきの携帯向け掲示板であれ、データはサーバ上に保管されている。「18年から大手サイトやプロバイダーに違法サイトの削除依頼を続けており、『サイトの制作者ら約100人が著作権法違反容疑などで逮捕されている』」のも、相対的には特定しやすいため、であると思われる。もちろん、そういった状況にあっても、違法着うたサイトの運営に携わる人間もいるのだろうが、第(3)世界の摘発の前後から、徐々に探しにくくはなってきているようにも感じる。JASRACが警告を突きつけたアップローダ機能つきの携帯向け記事版サイトでも、若干は探しにくくなっているようにも思える。まぁ、探せば出てきちゃうんだけど、以前ほど露骨では無くなったかなと。もちろん、以前が酷すぎたとも言えるけど。

少なくとも、超大手のサイトが存在しにくくなっている現状にあっては、減少が見られてもおかしくはないかなと思う。ただ、こういうのはデータと照らし合わせて考えないとあんまり意味ないよなぁ。

PC向け音楽配信が全く出てこない件について

音楽配信も急ブレーキ」なんて見出しの記事になってるけど、産経の記事中のグラフを見てもPC向け音楽配信はまだまだ上昇している。ただ、着うた市場に比べると、規模は10分の1程度でしかないのだけれど。


日本レコード協会 「日本のレコード産業2010」より

こちらを見ると、より詳細がわかりやすい。市場としてまだまだ小さいという���けではなく、CDであれば数量としては「アルバム>シングル」だったのが、PC向け音楽配信ではシングルばかりが売れるという問題を抱えていることも見えてくる。もちろん、「シングルは配信でいいけどアルバムはCDで」という層がいて購入ルートが使い分けられているために、アルバム配信数量が少ないとも考えられるのだが。

なんでCDを売れなくなってるの?

この問いについては、山ほど理由が考えられるし、実際に1つの理由で売れなくなっているとも思えず、多種多様な要因が混合しているのだろうなぁと思っていて。もちろん、違法流通もその原因の1つなんだろうけど、それ1つだけでクリティカルな要因でもないかなと思っている。

これまでこの問題についてはしばしば触れてきたが、その中で書いていない事を1つくらい書くにとどめておくことにする。だいぶ長くなってきたしね。

着うたはアルバムとは競合するものではないと思うんだけど、シングルとは競合してるのかなと思っていて。


RIAJ統計ページより

こうなってくると、音楽を聞くためにCDをかけるっていう体験から遠ざかっていってるのかなと。かなり漠然とした感覚だけど、CDを買ってCDをかけるって行為自体が、音楽リスナーにとって少し遠い存在になってきているんじゃないかと思えるのね。

みんなパソコンで音楽聞いてるの? - P2Pとかその辺のお話@はてな

この記事は、普段利用しているオーディオ機器として、コンポ型ステレオよりもPCの方が多く挙げられていた、あとポータブル音楽機器もデジタルプレイヤーばかりだった、ってことを書いた記事なんだけど、元のデータを見たときそりゃCDから遠ざかるよなぁと思わされた。

まぁ、このデータについては「でもこれインターネット調査だから、そうなるんじゃない?」という突っ込みを方々から受けて、確かにそうかも、とも思えるんだけどね。

余談

着うたに関して2009年以降の調査データがないと書いたが、RIAJが2009年に公表した違法着うた関連調査レポートも一応はある。ただ、これは2008年に行なわれた調査で、サンプリング対象を大きく変え、偏りが生じているため、それまでの調査と比較できる*6とは思いがたい。

「着うた(R)」・「着うたフル(R)」の違法配信に関する利用意識調査 - 日本レコード協会

実態調査ではなく意識調査なので、ユーザの態度、意向などを焦点としているわけで、違法ダウンロードを活発に行なっている層(サンプルとして「携帯電話向け無料掲示板サイト(利用者が多いと思われる5事業者)」利用者)のデータ*7が欲しかったという目的自体は建設的であるし、興味深いデータではある。

上述の後ろめたさの項目については年齢層別のデータも公開されているので、この調査からまとめてみた(全体としては34.4%)。

低年齢層ほど「後ろめたさ」を感じるという結果は意外であったが、違法ダウンロードの頻度も低年齢層ほど高くなっているので、それが影響したのかもしれない。うーん、罪の意識は事前の抑止力というよりは、事後の後ろめたさに繋がっているのかもしれない。ただ、これに関しては多数の要因をクロスさせてみないと見えてこない部分もあるので、一概には言えないだろうけど。まぁ、こういうデータを眺めていろいろ考えてみるのもおもしろいですよ、ってことで。

*1:グラフでは薄いオレンジ

*2:算出方法は「ケータイ利用者数 × 違法サイト利用率 × 違法着うた・着うたフル月間平均ダウンロード数 × 12ヶ月」を性別・年齢層別に算出したものを合算。

*3:算出方法は、「日本人口(12-39歳)×携帯電話保有率×モバイルインターネット利用率×着うた or 着うたフル機能搭載率 × 違法サイト利用率 × 違法着うた or 着うたフル平均ダウンロード曲数 × 12ヶ月」を着うた、着うたフルについてそれぞれ算出し、合算。)、だいぶ近い数字になっているのだが、4億7千万曲までにはだいぶ開きがある。なお、2008年調査では、「違法着うた・着うたフルの総ダウンロード数は昨年からさらに増え、初めて4億曲を突破した。」と調査報告書にあり、そのRIAJが2006年の時点で4億曲を超えていたと言うのはにわかに信じがたい。 2006年から2007年にかけて激増しているように見受けられるが、これは算出方法が変ったことが一番大きいかなと思える((全調査に共通することだが、性別、年齢層別に月間平均ダウンロード数出せるんだから、それを基に算出すればいいのにと思う。

*4:着うたフルは420円のものも多いので、その差分を賄うために着うたも着うたフル最低価格として計算すればいい、と思ったのかな?

*5:調査当時より半年以内

*6:同一の母集団を推定できる

*7:実際、違法ダウンロードサイト利用率は74.6%だった。